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アイヌ宗教成立の史的背景
アイヌしゅうきょうせいりつのしてきはいけい
作品ID53899
著者知里 真志保
文字遣い新字新仮名
底本 「和人は舟を食う」 北海道出版企画センター
2000(平成12)年6月9日
初出「日本人類学会・日本民族学協会連合大会第8回記事」1955(昭和30)年7月
入力者川山隆
校正者雪森
公開 / 更新2013-06-30 / 2014-09-16
長さの目安約 37 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 座長(小林高四郎)では知里さんにお願いします。
 知里(真志保)私ははじめ、言語から見たいわゆる貞操帯の起源、というような演題でお話しようかと思い、いささか資料も準備して来たのでありますが、はからずも先刻に河野広道氏がその問題にふれられ、ご親切にも私の持参した新資料―樺太アイヌのチャハチャンキ(chax-chanki)までも自発的に紹介の労をとって下さったので、その問題は一応ひっこめることにいたします。貞操帯に関する論議はなかなかデリケートな点にもふれなければなりませんし、かたがた病床から起きだして来たばかりの私にとってはそのようなよけいな神経を使うのはいささか重荷でもありますので、ここではアイヌに存在した呪術的仮装舞踊劇のことをお話して、神話の起源にふれ、神の観念の形成される史的背景を明らかにし、さいきん問題になっているイオルやパセオンカミの問題にもふれてみたいと存じます。

一 アイヌ社会に於ける呪術的演劇の存在

 アイヌの社会に於ては、他の未開社会の場合と同様に、呪術というものが非常に大きな働きを演じているのであります。たとえば、彼等が山でマイタケを見つけたといたします。マイタケのことを樺太では“イソ・カルシ”(iso-karus)と云い、北海道では“ユク・カルシ”(yuk-karus)と云い、いずれも“熊きのこ”の意味でありますが、樺太の白浦では、この“きのこ”の生いかけを見たら、棒切れでその廻りの地面に大きな輪を描いたと云います。それほど大きくなれといったような意味でありましょう。秋になってこの“きのこ”を取る時は、必ず、まず槍を構えて、掛声もろとも突き出すまねをしてから取ったと言います。あいにく槍を持ちあわさぬ時は、手頃の木を切って槍のようなものを作り、それで突くまねをしてから取ったと云います。つまり熊を取る時と同じような気持ちだったと見られるのであります。北見の美幌では、この“きのこ”を見つけると、熊を取った時のように、男は「フォー、フォー」と高らかにときの声をあげながらその廻りを踏舞し、女は「オノンノ、オノンノ」と歌いながら踊ったということであります。釧路の塘路では、この“きのこ”を見つけると、男なら陣羽織、女なら楡皮製の厚司の着物を着て、そのまわりを踊り、それを脱いで、「取っかえよう、取っかえよう」と言って、おじぎしながら取ったと言います。もう一つ例をあげますと、胆振の幌別では、山へ薪を取りに行って、二本の木が両方から寄ってからみ合っているのを見つけると、男女が取っ組み合ったまま、そのまわりを六回まわってから、それを切り倒したということであります。
 これらは単純な呪術の例のように見えるのでありますが、実はアイヌの社会に古く存在した呪術的仮装舞踊劇の零落した姿なのであります。そのような呪術的仮装舞踊劇の一つの例として、ここに難産の際に演…

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