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彼はいない
かれはいない |
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作品ID | 53979 |
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副題 | ――静岡市議会議員松田辰雄兄へ―― ――しずおかしぎかいぎいんまつだたつおあにへ―― |
著者 | 下川 儀太郎 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「日本プロレタリア文学集・38 プロレタリア詩集(一)」 新日本出版社 1987(昭和62)年5月25日 |
初出 | 「戦旗」1929(昭和4)年5月号 |
入力者 | 坂本真一 |
校正者 | 雪森 |
公開 / 更新 | 2016-02-06 / 2015-12-24 |
長さの目安 | 約 2 ページ(500字/頁で計算) |
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四月十六日!
彼はいなくなった
彼は俺達の眼から消されて行った
寝床は靴に破られ
天井も床下もごみ片迄もさらわれた
昨日まで……
勝利を背負っていた彼
凱歌のときめきに
闘争に胸をおどらしていた彼
六十三名のブル候補の中に
ただ一人の俺達の代表に出た彼
町の労働者と村の農民の勝利の声を背負った彼
彼……労農同盟選出静岡市会議員!
俺達はおどった
ゴマかしだらけの市会を
俺達の手が握りつぶすぞ!
おお、その喜びも瞬間!
その感激はたった三日間!
呼んでも、叫んでも、わめいても
彼は俺達の手に戻ってこない……
おお
彼の声がする
未だはっきりと彼の叫びが耳に残る
「牢獄よ 来い!
絞首台よ 来い!
自分は死を賭して諸君の為に闘うことを
この壇上から契うものである……」
彼のゆくところ
彼の消されたところ
今日は五月祭
思い起す去年の五月祭
彼は輝けるリーダー
無数の足どりと合唱の中に
彼の姿はさっそうと先頭に
奴等のきもっ玉を震え上らした
一年立ったこの五月祭に
無数の足どりと合唱は
去年に増して街道をねってゆくけれど
彼はいない……彼の声は聞こえない
おそらく、牢獄の高窓を透して
おそらく、留置場の壁を透して
或は……そうだ……或は……
ギロチン台に血みどろになって
彼は聞いていよう
今日の五月祭の合唱を!
今日の五月祭の足どりを!
おお、彼! 彼!
かえってこない彼
血みどろの彼!
だが、彼……夢にも見よ
今俺達は五月祭の示威の中に
俺達は俺達の血をすすって
同志の復讐を契っているぞ!
(『戦旗』一九二九年五月号に発表 同年七月戦旗社刊『一九二九年版日本プロレタリア詩集』を底本)