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逗子
ずし
作品ID53990
著者桜間 中庸
文字遣い旧字旧仮名
底本 「日光浴室 櫻間中庸遺稿集」 ボン書店
1936(昭和11)年7月28日
入力者Y.S.
校正者富田倫生
公開 / 更新2011-12-26 / 2014-09-16
長さの目安約 2 ページ(500字/頁で計算)

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本文より


濱に出て砂にころべは夕さりて町に歸ればしみじみと、思ひ出ぬるふるさとのこと。

 夕燒がまつ赤だ 故郷の臺山の夕やけを思ひ出す。いつもは見えない富士の頂の鋸齒が一つ一つくつきりとまつかな空と眞白な頂との境を見せて何とも云へない莊巖さだ。おゝ富士・富士・富士・刻々に消えて行く空のまつ赤な光りは又何といふ淋しさだ、臨終を見つめる心にも似て。
 飴色に輝いて寄せつ返しつしてゐた波が何時の間にか灰色にかわつてゐる。水族館の灯が波に冷たくゆらいでゐる。
 葉山街道にうす紫色のもやが低く逗つてゐて半島の突端は――岩壁にぶつつかつてゐる波のかけらがかすかに見える。
 午後五時。咢堂翁の活溌な姿がもう見える頃だ。海岸の北端にある別莊にももううすもやが降りてゐて窓のあかりがほんのりと浮んで見える。五時にはきまつて洋服をつけマントを着た元氣な姿が海岸を端から端まで歩いて歸る。それが氏の日課の一つであるらしい。
 富士にももやが降りてゐるらしく裾の[#「裾の」は底本では「鋸の」]方は全く見えない。雄姿の灰色の空を背負つてどす黒い。そして空との境が何ともつかない色でぼんやりとにじんでゐる。水族館の灯がいよいよ濃い。
 やがて夜濱の小蟹よ安らけき眠りに入れよ



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