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炭坑長屋物語
たんこうながやものがたり
作品ID54061
著者猪狩 満直
文字遣い新字新仮名
底本 「日本プロレタリア文学集・39 プロレタリア詩集(二)」 新日本出版社
1987(昭和62)年6月30日
初出「北緯五十度詩集」北緯五十度社、1931(昭和6)年11月
入力者坂本真一
校正者雪森
公開 / 更新2016-04-17 / 2016-03-04
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

北海道の樺太

「北海道のカラフト」
みんな、そこの長屋をそう呼んでいた、
谷間に並べ建てられたカラフト長屋、一日中ろくすっぽ陽があたらず、
どっちり雪の積んでいる屋根から、
煙突が線香を並べたように突き出ていた、
俺は時々自分の入口を間違い、他家の戸口を開けた、
屋根の煙突の何本目、そいつを数えて這入るのが一番完全であった
「来年の四月頃になれば陽があたりますよ」
古くから此処の長屋に住んでいる工夫の妻がそう言い俺達に聞かしてくれた。
来年の四月、
その四月がとても待ち遠しかった。

八号の一

親父さんは昼番
嬶は夜番
親父さんが帰って来る時嬶は家に居なかった
嬶が帰って来る時親父さんは家に居なかった
仕事から帰って来ると二人は万年床に代る代る寝た
年の暮の三十日の晩、公休で二人共家にいた
僕に遊びに来え来え言うので僕が行くと
親父さんはもう酔うて顔をほてらしていた
「いや、大将
 共稼ぎって奴はね……………
 今日は久濶で嬶にお目にかかってさ
 まるで俺あ色女にでも会ったような気持よ
 大将、人間っていうものは、いくつになっても気持はおんなじですぜ」
嬶は下をつんむいた位にして
やっぱりうれしそうな
いくらか気の毒そうな笑いをもらしていた。

十号の七

親父はハッパ場の小頭
子供が大ぜいで、何時でも酒ばかり飲んでいた
或る日針金貸してくれって来たから
たぶん煙突でも吊るに必要なのだと思って貸してやったら
山へ兎ワナかけて、兎を捕ってきては酒の肴にした
借りた針金は忘れてしまったのか
俺達は兎はウマイ話ばかり聞かされていた
それでもお正月には糯米一俵引いて来た
引いて来たはいいが
それからこっち野菜も米も買われない日が
一週間も二週間も続いた
そして毎日餅ばかり噛っていた。

十号の五

或る日瀬戸物のぶちわれる音がした
同時に女のヒステリカルな叫び声が壁を突き抜いた
「ナナナナナントスンベ
 こん畜生よオ
 たった五つしか無い茶碗三つ壊しやがってよオ」
どすんどすん蹴り飛ばす音がして
「カンニンシテヨオ」の
幼き者の声がした。

八号の三

八号の三は坑内の馬追い
酒精中毒らしい舌は何時でもまわらなかった
袢天も帽子もドロドロにし
馬と一緒に暗い坑内から出てくると
まわらぬ舌を無理にまわして
妻に胸のいらいらをぶちまけていた
酔がまわるに従って、だんだん声が高くなるのが常だった。
「いったい、てめいは、せがれが高等を卒業したらどうするつもりだ?」
「何を毎日酒ばかし食ってけつがって
 子供の教育とはよく出来た
 わしが男だったら、立派に教育さしてみせら」
「なななんだど 畜生
 なまいきぬかすと承知しねいゾ
 酒はもとより好きではのまぬ、あわのつらさでやけてのむ。わからんか 畜生、
 えへ、金、金だよ、金さえありゃ中学でも大学でも、
 一日一円や二円…

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