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五階の窓
ごかいのまど
作品ID54116
副題06 合作の六(終局)
06 がっさくのろく(しゅうきょく)
著者小酒井 不木
文字遣い新字新仮名
底本 「五階の窓」 春陽文庫、春陽堂書店
1993(平成5)年10月25日
初出「新青年」博文館、1926(大正15)年10月
入力者雪森
校正者富田晶子
公開 / 更新2019-06-01 / 2019-05-28
長さの目安約 44 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

22

「それっ!」
 という月並みな叫び声を口々に発して立ち上がりざま一同が逃げ支度にかかると、このとき遅く、いままで艶子たちの腰かけていた長椅子の下から大黒鼠が毒ガスを嗅がされたときのように、両手を床の上に泳がせて一人の白い手術衣を着た医員がむくむくと這い出したので、一同は驚きのあまりその場に立ちすくんでしまった。
 見ると、それは医員に扮装したほかならぬ冬木刑事であった。
「ぴりり!」
 起き上がった冬木刑事が、蜘蛛の巣に封印された唇を開いてポケットから取り出した呼笛を鳴らすと、レントゲン室はもちろん、その付近の部屋のおのおのから一人ずつ、同じく医員に扮装した合計数人の刑事が飛び出してきて、あっという間に桝本・舟木・お蝶・艶子、プラス探偵小説家長谷川・新聞記者山本をその時、単身駆けつけた沖田刑事とともに取り囲んでしまった。
 桝本と舟木とお蝶とは揃って苦笑いを洩らすだけであったが、艶子とそれから長谷川と山本とはこの目にも止まらぬ早業に、値段の下がったセキセイインコのような目玉をした。それまでレントゲン室を物珍しげに覗いていた患者たちは、寒さのためでもあったろうが、顔をば漬かりそこなった茄子のような色にして、このものものしい光景にたまげつつあたふた逃げ去った。ただ、レントゲン機械だけが相も変わらず、ごーっ、ごーっという単調な音を立てているのであった。
 沖田刑事は危ういところで冬木刑事に先手を打たれたけれども、ほとんど同時に有力な獲物のありかを発見したことに、自分もまだ老いてはいないことを意識して多少の得意を感じたらしかった。
「沖田くん、ご苦労さま」
 と冬木刑事は塵を払いながら、早くも平静な呼吸に戻って、笑いを含んで挨拶した。そうして沖田刑事が返事をせぬ先に、
「さあ、桝本さんに三人のご姉弟!」
 と、とくに、
「ご姉弟」
 という語に力を入れて、
「ここではお話ができにくいですから、お気の毒ですがこれから××署へ来ていただきます。おい、きみたち」
 と部下の刑事を顧み、
「さあ、その手術衣を病院へ返上して自動車の用意をし、みなさんに身支度をしてもらって署までお連れしてくれたまえ。なに、病院のほうはぼくがしかるべく取り計らっておくよ。ぼくたちもすぐあとから出かけるから、署長によろしく話しておいてくれたまえ」
 桝本も舟木もお蝶も、またいままでお蝶の後ろに隠れて、幼児が母親の背中から怖いものを見るときのように顔を出していた艶子も、いまはもはや観念したとみえて、刑事たちのあとから素直に歩き去るのであった。
 問題の四人が去ると、沖田刑事は、
「冬木くん、きみの手腕には驚いたよ」
 と決して皮肉でもなく、またお世辞でもなく言ったつもりであったが、その声にはなんとなく一種の寂しさが漂っていた。
「いや、きみこそうまく探り当てたじゃないか。さすがは経験を積んだ…

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