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黒石の人たち
くろいしのひとたち
作品ID54181
著者太宰 治
文字遣い旧字旧仮名
底本 「太宰治全集11」 筑摩書房
1999(平成11)年3月25日
初出「月刊讀物 第一巻第五号」1948(昭和23)年7月1日
入力者小林繁雄
校正者阿部哲也
公開 / 更新2012-02-21 / 2014-09-16
長さの目安約 2 ページ(500字/頁で計算)

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本文より


 津輕に疎開中、黒石町にいちど遊びに行つた事があります。黒石民報の中村さんのところへ遊びに行つたのです。中村さんは、縞ズボンをはいてゐました。いつも、はにかんで、赤面し、微笑してゐました。頭のいいひとは、たいてい、こんな表情をしてゐるものです。中村さんは、私に字を書かせました。さうして私の書いてゐるのを傍で見てゐながら、「こなひだ、××さんにも書いてもらつたが、あのひとは、うまかつた」と言ひかけ、ご自身ひとりで、ひどく狼狽してゐました。私の字には、いたく失望なさつたらしいのですが、無理もないんです。
 黒石民報社の主筆の福士さんは、黒石の詩人や作家たちを、私に紹介して下さいました。私のワイシヤツの袖口のボタンなどはづれてゐると、福士さんはそれを氣にして、無言で直してくれるのでした。私も安心して默つて福士さんに直してもらひ、まるで私は福士さんにとつて中風のおぢいさんのやうでした。
 北山さんといふ詩人は、雪の夜路を私と二人で歩いて、北山さんはその夜、特に新しい軍靴をはいて私に歡迎の心意氣のほどを見せてくれたのですが、新しい軍靴は雪に滑つて、北山さんは、何度も何度もころびました。北山さんは、一升瓶を持參してゐたので、私は、北山さんのころぶ度に、ひやりとしました。
 また對馬さんといふ詩人は、私を黒石の隣村に連れて行つて、座談會をひらきましたが、村の人は坊主のお説教と間違つたのか、ぢいさん、ばあさんが、たくさん集つたのには、閉口しました。そのうちに、村の若者のひとりが、私を無視して、ご自分で演説をはじめ、甚だ座が白け、對馬さんは、その若者に演説をやめさせようとして大苦心の態でした。
 そこを引き上げて、私たち二人は、その村のお醫者さんのところへ行き、お酒を飮んでも、ちつとも意氣が上りませんでした。實に、みじめな座談會でした。
 また、黒石の近くの別の村の村長さんで神さんといふおぢいさんがあつて、この人は、「津島のオンチヤは、まだまだ、ものになつてをらん、勉強しろ、こら、ばか者めが」と言つて、やたらと私を叱るのです。叱られて、うれしい思ひがしました。
 いまは仕事に追はれて、ゆつくり書けませんが、こんどまた機會を見て、何か書かせていただきます。



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