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アインシュタイン博士のこと
アインシュタインはかせのこと |
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作品ID | 54328 |
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著者 | 長岡 半太郎 Ⓦ |
文字遣い | 旧字旧仮名 |
底本 |
「長岡半太郎隨筆集 原子力時代の曙」 朝日新聞社 1951(昭和26)年6月20日 |
初出 | 「科學朝日」1948(昭和23)年1月 |
入力者 | しだひろし |
校正者 | 染川隆俊 |
公開 / 更新 | 2014-04-18 / 2014-09-16 |
長さの目安 | 約 7 ページ(500字/頁で計算) |
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アインシュタインは相對性原理を以つて世界に名を知られているが、その原理を辨えている人は幾人あるか知り難い。古典化した物理學を刷新して、その田臭を拂拭した一人であることは異論ないのである。
直話によれば、十八歳の頃から時間空間の問題に屈託して、七年後、遂に特殊相對性原理を發表するを得た。その案出した方程式はローレンツ變換と同じであるが、これを意味づけることは頗る趣を異にしている。二三例を擧ぐれば、眞空内の光の速度は何處も同一で、限界速度とみるべきである。エーテルは無用の長物である。從來の速度の合成は改めねばならぬ。また、古典式幾何學は變更を要する。エネルギー不滅則と物質の不滅則とは不可分のものであるなどと説き、更にこれを概括した一般相對性原理に在りては宇宙觀を述べ、萬有引力論や光が引力場に於て曲げらるゝことやら、恆星の如き大なる引力場に發する力は、波長が長くなるなどを論じた。これ等は古典的の人には意外の事柄であるから、非難も誹謗もあつたが、ユダヤ系の學者はこれを支持する書を著して賞讃した。一九一四年にベルリン學士院會員、並びに大學教授に擧げられた。時に齡三十五歳に過ぎなかつた。以つてその英材なりしを知るべきである。
こゝで始めてプランクと對面し、種々の議論をしたが、プランクが申すには、時間空間の問題を解釋した相對性原理に依り、水星近日點の移動が一世紀に四十四秒にも嵩む事實は、解題せらるべきであると信ずるが、古典式の力學を適用した著名な天文學者が、數多の論文を發表しても未だ滿足な結果に到達していない。若しこれが君の主張する原理に基き、解答されねば、原理の眞僞を疑わざるを得ないとアインシュタインに詰めよつた。アインシュタインはその主張する時間空間の定理にかけ、極めて簡潔に問題を解決し、推算上四十三秒である結果を得たことを學士院に報告し、その原理の確實なるを明かにした。斯くして數十年に亙る天文學の難題は渙然氷釋して、學者も世間も相對性原理を信用するに至つた。たゞ、古典式を墨守する人はこの限りにはいらない。
目下、原子力の利用につき議論旺盛なるにあたり、最も注目すべきは、
エネルギー式[#挿絵](mは質量、cは眞空内の光の速度、Eは物體mが輻射により得たエネルギー、vは速度)である。
これに依れば、mc2はEの如くエネルギーである、物質不滅とエネルギー不滅とは區別できないことが明かである。普通運動には mc2がEに對して著しく勝つている、そのためこの式の意義が顯著に示されないが、原子となればmは至つて微少であり、また帶電微子の一塊である。これを解剖すれば、更に微細な部分が存在し、核もまた複雜なる組織を有しているから、原子を探索し、その構造を詳論する場合には、エネルギー式のありがた味を感ずる。しかもその部分が動けば輻射を伴う、しかもエキス線やガンマ線が出るとき…