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原子力の管理
げんしりょくのかんり
作品ID54330
著者仁科 芳雄
文字遣い新字新仮名
底本 「戦後日本思想大系1 戦後思想の出発」 筑摩書房
1968(昭和43)年7月1日
初出「改造」1946(昭和21)年4月
入力者しだひろし
校正者荒木恵一
公開 / 更新2015-10-26 / 2015-09-01
長さの目安約 17 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

一 緒言

 原子爆弾の攻撃を受けて間もない広島と長崎とを目撃する機会を得た自分は、その被害の余りにもひどいのに面を被わざるを得なかった。至る処に転がって居る死骸は云う迄もなく、目も鼻も区別できぬまでに火傷した患者の雑然として限りなき横臥の列を見、その苦悶の呻きを聞いては真に生き地獄に来たのであった。長崎では有名な浦上天主堂が見る影もない廃墟となり、古くからの敬虔な信者もろともその歴史と伝統とを閉じてしまったであろう。学校その他の貴い文化施設も跡かたもなく焼け又は潰れて了って居る。自分は小高い丘の上から広島や長崎の光景を見下して、これがただ一個の爆弾の所為であるという事実を、今更しみじみと心の底に体得し、深い溜め息の出るのをどうすることもできなかった。そして戦争はするものではない。どうしても戦争は止めなければならぬと思った。広島や長崎を見ては平和論者の主張の正しいことが文句なく人を説得してしまうのである。原子爆弾のできた今日となっては何人も戦争に対する態度を根本的に変えなくてはならぬ。即ち戦争の惨害は従来の武器とは全く比較にならぬほど広汎にして深刻となり、且つ孰れの戦争参加国にとってもその残虐なる被害は不可避となったのである。又侵略戦争を惹起した犯罪国が、その目的のために準備した原子爆弾により、一挙にしてその目的を達成し、平和国家を蹂躙してしまうという不正義が行われ得る可能性も生じて来たのである。
 これ等の結果から吾々の導かれる必然の帰結は、どうしても戦争を無くするということである。然るにこれは実現の困難な理想である処から、戦争を無くすることはできないまでも、起った戦争に原子爆弾を使用できないようにする機構を考えようとする人があるかも知れない。然し一旦戦争が起ると直ちに原子爆弾の製造にとりかかり得るから、どうしてもそれは使用せられざるを得ない結果に陥るであろう。だから原子爆弾の使用を管理するということと、戦争を制限することとを別物扱いにすることはよろしくない。寧ろこれを同一事と見做さねばならぬ。以前から科学者の間には、非常に強力な武器を製作することによって、遂に戦争を不可能ならしめることが、即ち人類に貢献する道であるという意見を持つ人々があった。原子爆弾の発明は実にこの理想を実現せしめたものと云えるであろう。此点では毒ガスはまだ理想に遠かった。そのために戦争に使用しないという管理が実際に行われ得たのであろう。原子爆弾が毒ガスと段ちがいに効果的であるということが、その管理問題を困難にすると共に緊急重要たらしめる所以である。
 現実の問題として戦争を絶滅することの困難は既知の通りである。これは国際間の正義とか誠意とか信頼とかの道徳的方法だけでは従来の埓を一歩もでることはできない。然し前述の一部科学者の理想とした様な、新しい原子力という大きな現実の重圧によっては…

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