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衢路
くろ
作品ID54351
著者森川 義信
文字遣い新字旧仮名
底本 「増補 森川義信詩集」 国文社
1991(平成3)年1月10日
初出「ルナ 6集」1937(昭和12)年9月
入力者坂本真一
校正者フクポー
公開 / 更新2019-08-13 / 2019-07-30
長さの目安約 2 ページ(500字/頁で計算)

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本文より


友よ覚えてゐるだらうか
青いネクタイを軽く巻いた船乗りのやうに
さんざめく街をさまよふた夜の事を――
鳩羽色のペンキの香りが強かつたね
二人は オレンジの波に揺られたね
お前も少女のやうに胸が痛かつたんだろ?
友よ あの夜の街は新しい連絡船だつたよ
窓といふ窓の灯がパリーより美しかつたのを
昨日の虹のやうに ぼくは思ひ出せるんだ
それから又 お前の掌と 言葉と 瞳とが
ブランデーのやうにあたたかく燃えた事も
友よ お前は知らないだろ?
ぼくが重い足を宿命のやうに引きづつて
今日も昨日のやうに街の夜をうなだれて
猶太人のやうにほつつき歩いてゐる事を
だが かげのやうに冷たい霧を額に感じて
ぼくははつと街角に立ち止つて終ふのだ
そしてぼくが自分の胸近く聞いたものは
かぐはしい昨日の唄声ではなかつたのだ
ああ それは――昨日の窓から溢れるものは
踏みにじられた花束の悪臭だつたのだ
やがて霧は深くぼくの肋骨を埋めて終ふ
ぼくは灰色の衢路にぢつと佇んだまま
小鳥のやうに 昨日の唄を呼ばうとする
いや一所懸命で明日の唄をさがさうとする
ボードレエルよ ボードレエルよ と
ああ 力の限りぼくの心は手を振るのだつたが
――又仕方なく昏迷の中を一人歩かうとする



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