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月夜とめがね
つきよとめがね
作品ID54404
著者小川 未明
文字遣い新字新仮名
底本 「小川未明童話集」 新潮文庫、新潮社
1951(昭和26)年11月10日
初出「赤い鳥」赤い鳥社、1922(大正11)年7月
入力者
校正者小林繁雄
公開 / 更新2012-01-02 / 2014-09-16
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 町も、野も、いたるところ、緑の葉につつまれているころでありました。
 おだやかな、月のいい晩のことであります。しずかな町のはずれにおばあさんは住んでいましたが、おばあさんは、ただひとり、窓の下にすわって、針しごとをしていました。
 ランプの火が、あたりを平和に照らしていました。おばあさんは、もういい年でありましたから、目がかすんで、針のめどによく糸が通らないので、ランプの火に、いくたびも、すかしてながめたり、また、しわのよった指さきで、ほそい糸をよったりしていました。
 月の光は、うす青く、この世界を照らしていました。なまあたたかな水の中に、木立も、家も、丘も、みんなひたされたようであります。おばあさんは、こうしてしごとをしながら、自分のわかいじぶんのことや、また、遠方のしんせきのことや、はなれてくらしている孫娘のことなどを、空想していたのであります。
 目ざまし時計の音が、カタ、コト、カタ、コトとたなの上できざんでいる音がするばかりで、あたりはしんとしずまっていました。ときどき町の人通りのたくさんな、にぎやかな巷の方から、なにか物売りの声や、また、汽車の行く音のような、かすかなとどろきがきこえてくるばかりであります。
 おばあさんは、いま自分はどこにどうしているのかすら、思いだせないように、ぼんやりとして、ゆめをみるようにおだやかな気持ですわっていました。
 このとき、外の戸をコト、コトたたく音がしました。おばあさんは、だいぶ遠くなった耳を、その音のする方にかたむけました。いまじぶん、だれもたずねてくるはずがないからです。きっとこれは、風の音だろうと思いました。風は、こうして、あてもなく野原や、町を通るのであります。
 すると、こんどは、すぐ窓の下に、小さな足音がしました。おばあさんは、いつもににず、それをききつけました。
「おばあさん、おばあさん。」と、だれかよぶのであります。
 おばあさんは、さいしょは、自分の耳のせいではないかと思いました。そして、手を動かすのをやめていました。
「おばあさん、窓をあけてください。」と、また、だれかいいました。
 おばあさんは、だれが、そういうのだろうと思って、立って、窓の戸をあけました。外は、青白い月の光が、あたりをひるまのように、明るく照らしているのであります。
 まどの下には、背のあまり高くない男が立って、上をむいていました。男は、黒いめがねをかけて、ひげがありました。
「私はおまえさんを知らないが、だれですか。」と、おばあさんはいいました。
 おばあさんは、見しらない男の顔を見て、この人はどこか家をまちがえてたずねてきたのではないかと思いました。
「私は、めがね売りです。いろいろなめがねをたくさん持っています。この町へは、はじめてですが、じつに気持のいいきれいな町です。今夜は月がいいから、こうして売って歩くの…

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