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生地売り
きじうり
作品ID54416
著者泉 芳朗
文字遣い新字旧仮名
底本 「沖縄文学全集 第1巻 詩Ⅰ」 国書刊行会
1991(平成3)年6月6日
入力者坂本真一
校正者フクポー
公開 / 更新2018-05-10 / 2018-04-26
長さの目安約 1 ページ(500字/頁で計算)

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本文より


ロシヤ人の生地売りは
山間の一軒家に宿ってゐた

「生地 日本 ウレナイ ヨカ ヨカ」

無論誰にも面と向かって語ったのではない
けれど私は只一語聞いた胸に
幾回となく生地売りの言葉をくりかへした

あの一晩中
山間のあばら家に耳をそばだてて
××の鋭い眼光もて探照してゐた憲兵でも
否恐らく
この狭隘な山間に住む人皆に
生地売りの哀愁はわからなかった

人々は
異国人の珍奇を只むさぼり嗤った

「生地 日本 ウレナイ ヨカ ヨカ」

ああロシヤの一商人は
たった今までも私の求めてゐる或物を事実に示してくれた
腕を組んで湿っぽい夜空を見上げた私には
星の一つもまたたいてくれなかったけれど

いばらのさしかかった山路は私の前に遠く限りなくつづいてゐる……



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