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和製椿姫
わせいつばきひめ
作品ID54467
著者大倉 燁子
文字遣い新字新仮名
底本 「大倉燁子探偵小説選」 論創社
2011(平成23)年4月30日
初出「仮面 三巻三号」1948(昭和23)年5月号
入力者kompass
校正者門田裕志
公開 / 更新2013-02-11 / 2014-09-16
長さの目安約 19 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



 私が玄関の格子を開けると、母が馳け出して来て、
「御殿山の東山さんからお使いが見えたよ、今朝っから、三度も」と急きこむように云った。
「どんな御用?」
「重大事件なんだって、至急、御相談したいから、日名子さんがお帰りになったら、直ぐお出で下さるようにって」
「事務所の方に電話くれればいいのに――東山さんなら事務所から直接行った方がずッと近いのにねえ」と、私は気が利かないじゃないかと云わないばかりの口吻で云った。
「度々かけたがお話中ばかりで通じなかったって云ってたよ。東山さん待っていられるだろうから、日名さん、あんた行って上げたらどう?」
「そうね。あの性急な東山さんの事だから、さぞ、焦り焦りして家の人達を叱り飛ばしていることでしょう。仕方がないわ、じゃこれからちょっと行って来ます」
 私は脱いだ靴をまた履いて、東山邸にいそいだ。
 品川の海を見晴した宏壮な邸も、主家の一部と離れの茶室だけが残って、あとは全部戦災を受けていた。あの体面を気にかける彼が、まだ手入れもしないのはよくよくのことだろう。聞けば邸も内々売物に出ているという噂だから、懐は相当苦しいに違いない。何しろひと頃あんなに景気のよかった軍需会社も終戦と共に閉社してしまって、第二封鎖と財産税とにいためつけられてしまった上、十人近い家族を抱えての居食いだから、並大抵のことではあるまい。
 東山春光の父と私の父親が親しかった関係から、私は彼と友達だった。彼は高等学校時代からの道楽者で、富豪の息子にあり勝な、我儘で見栄坊で、ひとりよがりの通人で、歯の浮くような男だった。が、女にかけては相当なもので、新橋あたりの待合へ入り浸って、そこから学校へ通ったなどという噂を聞いた。奥様運の悪い人で、器量望みで貰った最初の妻ともいれて五人目のを失ってからは正妻を迎えず、外に囲ってあった第二夫人を家にいれていた。
 第二夫人は有名な美人で、一時和製椿姫と云えば道楽者仲間で知らない人がないほどの女であった。勿論芸者でも、女優でもない。お妾商売とでも云うようなもので、男から男へと飛石伝いに歩いているような類だった。そして、東山春光の懐へ入って、そこを最後の落付き場所とでも思っていたのか、その後ふっつりと噂がなくなってしまった。
「東山はあの女を根びきしたために、決闘を申込まれたそうだ」なんて話があった。
 とにかく、それからの彼は花柳界にもあまり姿を見せず、家庭内に閉じ籠ってしまったので、さだめし平和な幸福な生活をしているのだろうと、私はかげながら祝福していたものであったが、さて、品川の邸へ来て、彼に会うと、今までの想像はすっかり覆がえされた。彼の変り果てた様子にまず一驚を喫してしまったのである。すっかり憔悴して、顔面神経痛ででもあるように、絶えず眼と口を引きつらしている。
 私は久々の挨拶もそっちのけにして、
「重…

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