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心霊の抱く金塊
しんれいのいだくきんかい
作品ID54477
著者大倉 燁子
文字遣い新字新仮名
底本 「大倉燁子探偵小説選」 論創社
2011(平成23)年4月30日
初出「東京朝日新聞」1935(昭和10)年9月23~24日
入力者kompass
校正者門田裕志
公開 / 更新2013-02-06 / 2014-09-16
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

(上)

 ツイ二三日前のこと、私達は赤い丸卓子を囲んで昂奮に汗ばんだ顔を並べ、心霊学者深井博士の話を、熱心に聞いていた。もう秋だというのに恐ろしく蒸し暑い晩だ。
「金塊はたしかにあった。この眼で見てきたのだから間違いはない、価格はまず五億万円ほどだ」
 と云って、口を真一文字にきゅッと結び、皆を見廻した。隣席にいた人は、その時、思わず低い呻きのような歎声をもらした。

        × × ×

 五億万円ばかりの金塊が、ある洞窟の奥に隠されている、と、一人の優れた霊媒が云い出したのは、よほど前のことである。ナヒモフ号やリュウリック号を聯想して、私達はそれを一笑に付して顧みもしなかったのであるが、博士は何か信ずるところがあったと見えて、その後、研究に研究を重ねた結果、登山客の杜絶えたこの秋の初めに自ら探検に出かけて、遂に実証を見届けて来たという、その驚くべき報告を、今宵集まった人達に話そうとするのである。
「場所はどこですか」「その金塊には全く所有者がないのですか」「発見者は全部貰えるのですか、それとも何割という規定でもあるのでしょうか」などと、慾深い連中からの質問が続出する。
 雨が降り出した、大つぶの雨が軒をうつ。博士は顎鬚をしごきながら、徐ろに語をついでいう。
「場所は日本アルプスの×××の麓の城趾である。無論所有者はない。皆さんも知っているであろうが、――甲州の金山から武田信玄が掘り出した莫大な金の行方が、今に分らない、何れどこかに隠してあるのだろうが、――世間で甲州の金山だなんて掘っているのは、ありゃ武田信玄の掘りッかす、つまり屑なんだ。屑だッて大したものなんだが――、当時、大望を懐いていた彼が密に準備をしておいた軍用金、――即ちその金塊は、人に知れないようにあるところに納っておき、時機を待っているうちに、死んでしまったのだ。
 三百何十年この方、その金塊の所在地を人知れず研究した者は沢山ある。中途で匙を投げた人もあるけれど、今日までに探り当てた慾の深い行者などが凡そ二百何十人もあった、が、多くはその洞窟に入ったきり出て来ない。稀に出て来た者もあるが、悉く発狂しては死んでしまっている。その付近は魔の岩とよばれ、土地の人々からは怖れられているのだ。
 私は霊媒を伴って行くのだから白昼は面白くない。殊に精神を統一させるのは人の寝静まった真夜中に限る。私達はゲートルに黒い雨合羽を着て、山路を辿り始めた、それは午前一時頃である。案内役の霊媒はまるで霊に導かれてでもいるように、空を見詰めたまま、デコボコした岩の上を平地のように馳けて行く、私はその後を追うて走った。さながら二つの揚羽蝶が闇の中を飛んで行くように――、渓流に沿うて歩いたり、岩の間を潜ったり、下へ下へと降りる。夜道に馴れない私はただ霊媒の後姿を唯一の頼りにしているだけである。やがて、自然に出来…

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