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作品ID | 54485 |
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著者 | 大倉 燁子 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「大倉燁子探偵小説選」 論創社 2011(平成23)年4月30日 |
初出 | 「オール讀物 四巻一一号」文芸春秋、1934(昭和9)年11月号 |
入力者 | kompass |
校正者 | 門田裕志 |
公開 / 更新 | 2012-12-28 / 2014-09-16 |
長さの目安 | 約 32 ページ(500字/頁で計算) |
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1
「あなたは美人で有名だった小宮山麗子という霊媒女がある大家へ招ばれて行って、その帰りに煙のように消えてしまった不思議な事件を覚えていらっしゃいましょう?」
「はあ覚えております。もうあれから十年近くもなりはしません? あの当時は大した評判でございましたわね。でも、あれは到頭判らずじまいになったんではございませんか?」
「ええ、あれっきりなんです。でも美人だったし、心霊研究者達からは宝物のように大切にかけられてた女ですから、今でもその人達の間では時々話に出るようですね」
「そうでしょうね。霊媒者なんていうと、私達にはちょっと魔法使いか何んぞのように聞えて、まあ巫女とでもいった風に考えられますわ。それが突然消えてしまうなんて、昔なら神隠しに逢ったとでもいうんでしょうけど、実際はどうしたんでございましょうね?」
「実は、そのお話をしようと思うんですの。それも今日が、あの女が行方不明になってから恰度何年目かの同じ日なんですの。亡くなられた六条松子夫人の命日に、夫人を崇拝している人達が集って、追悼会を開いたんです。その席上にあの小宮山麗子が招かれて、夫人の招霊をやり、すっかり松子夫人生き写しになって、和歌などを詠んで人達を感動させ、六条伯爵家を上首尾で辞し去ったまでは判っています。話はそれからなんですが、あの晩は霧が深くて街燈がぼうッと霞み、往来はまるで海のようだったそうです。六条さんの御門を出ると、忽ち小宮山麗子の姿は霧の中に吸い込まれたように見えなくなり、それ限り消息が絶えてしまったんです」
書斎の安楽椅子にふかぶかと身を投げかけながら、S夫人は、スリー・キャッスルの煙の行方を心持ち目を細めて追いつつ、さも感慨深そうにいうのだった。
「どうして突然こんな話をはじめたか、あなたは変に思われるでしょうが、実はこの事件が抑私をこんな職業に導いた動機だと云ってもいいのですよ」
ある事件が一段落ついて、朗らかな気分になっていたS夫人は、自分が探偵に興味を持ち初めた最初の動機について、私にその思出を語ろうと云うのである。
2
それはもう大分過去に遡らねばならないことで、まだS夫人の夫の博士がシャム国政府の顧問官でいた時代で、その頃夫人も夫の任地へ赴いて、そこで二三年の月日を送っていたことがあった。
「その当時のことなんですが」
夫人はそう云って、デスクの前の壁に掲げてある大きな写真を指しながら、
「この写真が、その頃写したものなんですよ」
見ると剥げちょろけた塔のような建物を背にして、石段の上に五六人の男が立ったり蹲踞だりしている。
「真中に立っている肥った男は私の夫です。その傍にサン・ハットを持って立っているのがこれからお話しようという物語りの主人公なんですから、ようく見といて頂戴」
三十五六、あるいは四十を大分出ているかも知れない。というのは、何だ…