えあ草紙・青空図書館 - 作品カード
楽天Kobo表紙検索
武蔵旅日記
むさしたびにっき |
|
作品ID | 54488 |
---|---|
著者 | 山中 貞雄 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「山中貞雄作品集 全一巻」 実業之日本社 1998(平成10)年10月28日 |
入力者 | 平川哲生 |
校正者 | 門田裕志 |
公開 / 更新 | 2012-11-16 / 2014-11-12 |
長さの目安 | 約 28 ページ(500字/頁で計算) |
広告
広告
T 芸州広島
弥生ヶ岡の
花時雨
S=弥生ヶ岡
花が散る、花が散る。
群集がワーと喚声を挙げた。
大声に、
T「喜平次の
馬鹿野郎!
斬られて了え!」(少し大きな字)
有馬喜平次を先頭に紫羽織十五人組が抜刀でじりじり迫る。
群集、
T「宮本先生
其奴を
叩ッ斬って下され!」(文字少し大きく)
宮本武蔵、両刀を抜いて毅然と立つ。
群集が又、
T「喜平次は
鬼だ!」(少し大きく)
と言って、
T「此の町の毒虫だ!」(少し大きく)
紫羽織の一人、怒って武蔵に斬って掛かる。
一足退いて武蔵、其奴を叩ッ斬る。
ワーと挙がる喚声。
乱闘、派手な奴。
群衆の喚声。
武蔵の大奮戦。
遂に喜平次、叩ッ斬る。
ワーと挙がる見物の喚声。
(F・O)
S=大川
乗合舟。
大勢の乗客の中に旅の商人が一人、
(薬売の様な風体)
それが、話し手である。
T「その宮本先生の
強い事、強い事」
と言って、
T「先づ
日本一で
御座んしょうね」
と言った。
感心する乗合の客。
舟端で聞くとも無しに此の話を聞いて居た、女賊白狐のおしまが、そッと微笑んだ。
そして、独り言、
T「そんな強い先生に
一度、遭って
見たい」
と言った。
川の流れ。
(F・O)
T 兎も角
当時、宮本武蔵の名は
津々浦々に響き渡っていた
S=道場の表
念流剣道指南、森脇左十郎の門外である。
今しも、その表に立ち止った一人の武者修業の侍(早水団九郎)
のこのこ門内へ入る。
S=玄関で
団九郎が取次の侍に向って大声挙げて叫んだ。
T「拙者、天下の浪人
宮本武蔵政名と
申す者」
「ソーラ来た」と取次の侍早顔色が無い。
団九郎、尚も大声に、
T「先生に一本
御手合せ
願い度く」
取次の侍「暫時御待ちの程を」と言って、
泡喰って、奥へ注進する。
してやったりと団九郎、ほくそ笑んだ。
(F・O)
やがて、
取次の侍が、恐る恐る出て来て、其の場にペタリと平伏した。
「如何で御座る」と団九郎。
侍が、
T「先生
只今御病気中に
御座れば」
ナニッ病気、と団九郎、
取次の侍、紙包を取り出して、
T「誠に軽少に
御座るが
ホンの草鞋銭」
と団九郎の前に差し出す。
してやったりと団九郎、「それは残念」とか何とか言い乍ら、その紙包を受け取った。
S=表
出て来た団九郎、紙包を取り出して中の金子を、紙入れに収めて、
せせら笑って、立ち去った。
(F・O)
S=別な道場の表
今度は一刀流の先生、浮田源兵衛の門前だ。
団九郎、悠々として、門内に入る。
S=玄関
頼もう、と呼ぶ声に応じて取次の侍。
団九郎声張り上げて、
T「拙者天下の浪人
宮本武蔵政名と申す」
で取次の侍、例の如く驚いた。
…