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騎士と姫
きしとひめ
作品ID54510
著者末吉 安持
文字遣い新字旧仮名
底本 「沖縄文学全集 第1巻 詩Ⅰ」 国書刊行会
1991(平成3)年6月6日
入力者坂本真一
校正者フクポー
公開 / 更新2018-04-17 / 2018-03-26
長さの目安約 3 ページ(500字/頁で計算)

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本文より


春の弥生の夜は仄に
天地ひくゝ垂れあひて、
情のにほひいちめんに
おぼろおぼろの花ぐもり、
精舎の壁の地獄絵も
温き霞を纏ふらむ。

森の木立の月かげを
避けて、まぶかき黒鉄の
甲に、なほも色白の
面凛々しく、瑠璃青の
瞳きよげに、花ぐさを
わけつゝしのぶ騎士ひとり。

『たそがれがたの戦闘に
十騎の敵を殺したれ、
胸にさしたる紅薔薇
二輪色濃くちりもせず、
西の丘なる陣指すと、
悠に見かへる敵の城。

時しもあれや、矢は一つ、
空鳴りしつつ、ひとばかり、
鎧の袖に触れて落つ。
赤き塗り矢の根のかたに
如何なる人のざれわざぞ、
にくき文こそ結びたれ。

『貪るものにこの穢土は
あはれみ給へ、将軍よ、
少女が胸のなさけには
国土、山河も何ならむ。』
とばかり読むも短檠の
火かげまばゆくおぼえしか。

まだ我が知らぬ酔ひごこち、
こは夢かとて立ちよれば、
壁に懸けたる我が盾に、
うつれる影は怨敵の
かなたの王の一の姫
乱れし髪の[#挿絵]たしや。

癡け果てじと投げぬれば
盾は音して砕けたり。
第二の盾を手にとりて
見ればここにも不思議さよ、
うつれる姫は浮足に
わが前にしも身を投げて
よゝとばかりに縋り泣く。

『あゝよし、さらば天地も
有情温みの春の夜の
花のくもりに溶け去りて
一如無相の海となれ、
愛の御龕に、姫が手に、
いまぞ楽しき罪を得む。』

城の濠なる切崖も
夢の心地にくゞり来て、
瞳すかせば、木がくれに
さやさやとなる衣摺や、
姫は荒磯のこほろぎの
藻によるごとくすがりけり。

花の木の間にうぐひすは
夢の世をしも歌ひたり。
蜜の如くにやはらかき
うまし二人のくちづけよ、
あゝ怨敵と怨敵は
天と歴史を無みしつる。

『青史の帙に御座する
神もいまさば、などてこの
戦闘あらぬ初めより、
怨恨をむすぶ敵軍に、
かゝるくしびの力もつ
姫ありとしも告げざりし。』

『みゆるしたまへ、父の王、
汝がいとし子の魂の花
咲きくゆりぬる功徳のゆゑ、
明日より後のたゝかひに
王が馬蹄は十国の
土を隈なく印しなむ。』

『王よ與へむ、天が下、
汝が利心の飽くまゝに、
血汐に餓うる戈さきを、
十国の城に、百国の
民の頭に、柔らかう
口づけさせて、取り統べよ。』

『国の王者にあらずとも、
かゝる雄々しき恋人は
真の人ぞ、あゝ今は
われも真の人の妻。』
二人をめぐるそよ風は
百千の花の香を吹きぬ。



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