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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
作品ID54561
副題254 茶汲み四人娘
254 ちゃくみよにんむすめ
著者野村 胡堂
文字遣い旧字旧仮名
底本 「錢形平次捕物全集第一卷 恋をせぬ女」 同光社磯部書房
1953(昭和28)年3月25日
初出「オール讀物」文藝春秋新社、1951(昭和26)年7月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者門田裕志
公開 / 更新2015-05-11 / 2017-03-04
長さの目安約 30 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



「親分、あつしは百まで生きるときめましたよ」
 八五郎はまた、途方もない話を持ち込んで來るのです。江戸はもう眞夏、祭太鼓の遠音が聞えて、心太にも浴衣にも馴染んだ、六月の初めのある朝のことでした。
「きめなくつたつて、お前の人相なら、百二三十迄は生きるよ、――何んだつてまた、そんな慾張つたことを考へたんだ」
 平次は讀みさしの物の本を、疊の上に屋形に置いて、さてと、煙草盆を引寄せました。からかひ乍らも、相手が欲しくて仕樣がない樣子です。
「この世の中には、良い女が多過ぎますよ、百まで生きてゐたつて、こいつは見厭はしないだらうと思ひますがね」
「妙なことを感じちやつたんだね、何處の國にまた、お前が死ぬのが嫌になるやうな女が居るんだ」
「兩國の美人不二屋ですよ、親分も人の話で聽いたことがあるでせう」
「あ、知つてるよ、綺麗なのが多勢居るんだつてね、兩國の水茶屋が、まるで吉原の張見世のやうだといふ話ぢやないか」
「噂に聽いただけで、親分はまだ見たことは無いでせう、十手冥利に、たまにはお詣りして置くものですよ」
「あれ、おれに意見をする氣かえ」
「意見もし度くなりますよ、あの店へ入ると、八方から美人照りがして、凡そ男の子なら皆カーツとなりますぜ」
「凡そと來たね、お前の學は、益々磨きがかゝるやうだ、第一美人照りなんて文句は、俺はまだ聽いたことも無い」
「騙されたと思つて、不二屋の暖簾をくゞつて御覽なさいよ、茶汲み女はお北にお瀧にお皆にお浪、揃ひも揃つて、後光が射すほどの綺麗首だ、その上お内儀のお留が大年増のくせに、斯う面長でツンとしてやけに綺麗だ」
 八五郎は仕方話になるのです。
「その中のお職は誰だえ」
「お職も番新もありやしません。年上はお北の二十一、年下はお浪の十六で、お瀧の二十歳とお皆の十九が中軸、皆んなピカ/\して居ますよ、丸ぽちや瓜實顏、色の白いの、愛嬌のあるの、それから」
「眼の三つあるの、耳まで口の割けたの――は無いのか」
「交ぜつ返しちやいけません、――一度覗いて見ませうよ、姐さんには内證で」
「止さうよ、そんなピカ/\するのばかり見ちや虫の毒だ」
「實は、是非錢形の親分をつれて來るやうに――と、お内儀さんに拜まれたんですよ」
「なんだ、そんな事か、何時からお前は水茶屋の客引になつたんだ」
「客引ぢやありません。あんまり綺麗なのを揃へたせゐでせう、魔が差したんですね」
「魔が?」
「仲間の妬みか、振られ男の惡戯か知りませんが、一番年上――と言うても二十一といふ女盛りで、脂の乘り切つたお北が、昨夜、湯の歸り、柳原土手で髮を切られたとしたらどうです?」
「どうするものか、茶汲み女の色出入は、こちとらの知つたことぢやあるめえ」
「でも可哀想ぢやありませんか、二十一の女盛り、滅法綺麗なのを柳原土手の闇の中に押へ、濡れ手拭を口に押し込んで、女の命の髮の毛…

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