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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
作品ID54593
副題247 女御用聞き
247 おんなごようきき
著者野村 胡堂
文字遣い旧字旧仮名
底本 「錢形平次捕物全集第四卷 からくり屋敷」 同光社磯部書房
1953(昭和28)年5月10日
初出「神戸新聞・北陸夕刊」1951(昭和26)年
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者門田裕志
公開 / 更新2015-07-23 / 2015-06-09
長さの目安約 50 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



「あ、錢形の兄さん」
 平次は兩國橋の上で呼留められました。四月の末のある朝、申分なく晴れた淺黄空、初鰹魚の呼び聲も聽えさうな、さながら江戸名所圖繪の一とこまと言つた風情でした。
「おや、お品さんぢやないか、こんなに早くどこへ行くんだ、お詣りや物見遊山でも無ささうだが――」
 呼び留めたのは、平次の大先輩で、昔は相當に顏を賣つた御用聞き、石原の利助の娘で、お品といふ美しいの。
「まア、私は」
 お品は取亂した樣子が耻かしくなつた樣子で、あわてゝ、髮を直したり、帶を叩いたりして居ります。蒼白く冴えた細面が、少しばかり鼻白んで、二十五の若さが匂ふ年増でした。父親の利助は、事毎に錢形平次と爭つた練達無比の男でしたが、去年の春から輕い中氣で寢込んでしまひ、子分達の離散を防ぐため皆のものに勸められて、出戻りの娘お品が、女だてらに十手捕繩を預かり、辛くも父親の代理を勤めて居る有樣だつたのです。
 お品は氣象者で、申分なく怜悧な女でしたが、それでも血腥い事件には怖氣をふるひ、神田明神下に飛んで行つてはツイ、仲の好いお靜に助太刀を頼んで、事毎に錢形平次を引つ張り出すのでした。
 物好きな江戸つ子達は、蔭ではお品のことを『女御用聞き』と呼んで居りましたが、本人のお品はそれをまた、どんなに嫌がつたことでせう。
「大層急いでゐるやうだが」
 平次は取なし顏にさう言ひました。後ろではガラツ八の八五郎が、うさんらしい鼻をヒクヒクさせて居るのです。
「大變なんです。兄さん、――龜澤町の加納屋に、昨夜殺しがあつて、家の者が二、三人行つて居りますが、とても手に了へさうもありませんし、お願ひですから、どうぞ」
 お品は矢張り、平次の迎ひにやつて來たのでした。
「行くのはお安い御用だが、そいつは矢張り、お品さんと石原の子分衆で、ラチを明けるのが本當ぢやないのかな、石原町と龜澤町ぢやお膝元過ぎて、おれがちよつかいを出すと、また何んとかいはれるだらう」
「でもね、錢形の兄さん」
 お品は泣き出しさうでした。
 近頃、石原の利助の病氣と無能をいひ立てゝ、その預つてゐる十手捕繩を、横取りしようと、手ぐすね引いて居る者が少くないことを、平次は知り拔いてゐたのです。
 女御用聞きといはれた美しいお品を、この凶惡無殘な役人鬼と相對させ、必死の鬪爭に追ひやつた平次にもまた理由があつたのです。
「薄情なやうだが、父さんのためだ。子分衆を手一杯に働かせて、お品さん一人の手にこいつを裁いて見る氣はないか」
「やつて見ませう、私は怖いけれど」
 平次に激勵されながらも、お品にはまだ割切れないものが殘つてゐる樣子です。透き通るやうな青白い額、白粉つ氣も何にも無いのですが、仕樣ことなしにニツと苦笑すると、引きしまつた薄肉色の唇の曲線が、少しばかり上弦に緩んで、非凡の媚が湧くのです。
「何が怖いんだ」
「加納屋の殺し…

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