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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
作品ID54620
副題078 十手の道
078 じってのみち
著者野村 胡堂
文字遣い旧字旧仮名
底本 「錢形平次捕物全集第九卷 幻の民五郎」 同光社磯部書房
1953(昭和28)年7月20日
初出「オール讀物」文藝春秋社、1938(昭和13)年7月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者門田裕志
公開 / 更新2014-04-20 / 2014-09-16
長さの目安約 28 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



「親分、このお二人に訊いて下さい」
 いけぞんざいなガラツ八の八五郎が、精一杯丁寧に案内して來たのは、武家風の女が二人。
「私は加世と申します。肥前島原の高力左近太夫樣御家中、志賀玄蕃、同苗内匠の母でございます。これは次男内匠の嫁、關と申します」
 六十近い品の良い老女が、身分柄も忘れて岡つ引風情の平次に丁寧な挨拶です。
 後ろに慎ましく控へたのは、二十二三の内儀、白粉も紅も拔きにして少し世帶崩れのした、――若くて派手ではありませんが、さすがの平次も暫らく見惚れたほどの美しい女でした。
「承はりませうか。私は町方の岡つ引きで、御武家の内證事に立ち入ることは出來ませんが、八五郎から聽くと、大層御氣の毒な御身分ださうで――」
 平次は靜かに老女の話を導きました。
 肥前島原の城主高力左近太夫高長は、嘗て三河三奉行の一人、佛高力と呼ばれた河内守清長の曾孫で、島原の亂後、擢でて鎭撫の大任を命ぜられ、三萬七千石の大祿を食みましたが、『その性狂暴、奢侈に長じ、非分の課役をかけて農民を苦しめ、家士を虐待し、天草の特産なる鯨油を安値に買上げて暴利を貪ぼり』と物の本に書き傳へてある通り、典型的な暴君で、百姓怨嗟の的となつて居るのでした。
「伜玄蕃はそれを諫め、主君の御憤りに觸れてお手討になりました。それも致し方はございませんが、今度は次男内匠の嫁、これなる關に無體のことを申し、世にあるまじき御仕打が重なります。あまりの事に我慢なり兼ね、伜に勸めて主家を退轉、明神裏に浪宅を構へ、世の成行く樣を見て居りましたところ――」
 老女は此處まで話すと、襲はれたやうに、ゴクリと固唾を呑みます。
「御次男内匠樣が二三日前から行方知れずになつた――と斯う仰しやるのでせう」
 平次はもどかしさうに、八五郎から聽かされた筋を先潜りしました。
「左樣でございます。元の御朋輩衆、川上源左衞門、治太夫御兄弟に誘はれ、沖釣に行くと申して出たつきり戻りません」
「川上とやら言ふ方に、お訊ねになつたことでせうな」
「翌る日直ぐ、西久保屋敷まで參り、川上樣にお目にかゝり、根ほり葉ほり伺ひましたところ、伜は腹痛がするから歸ると言つて、船へも乘らずに、芝濱の船宿で別れたつきり、その後のことは何にも知らないといふ口上でございます」
「――」
「釣に誘つて置いて、何處へ連れ出したことやら――、川上樣御兄弟は、殿の御覺えも目出度く、日頃は伜と口をきいた事もないやうな方でございます。それが、浪々の身になつた伜を誘つて、釣に行くといふのからして腑に落ちません、――大方?」
「――大方?」
「お屋敷につれ込まれて、御成敗――を」
「あれ、母上樣」
 言つてはならぬ事を言つた加世は、嫁のお關に袖を引かれて、そつと襟をかき合せます。
「日頃お憎しみの重なる伜、どんな事になるやら、心配でなりません。――その上、殿樣には、二三…

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