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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
作品ID54631
副題065 結納の行方
065 ゆいのうのゆくえ
著者野村 胡堂
文字遣い旧字旧仮名
底本 「錢形平次捕物全集第十卷 八五郎の恋」 同光社磯部書房
1953(昭和28)年8月10日
初出「オール讀物」文藝春秋社、1937(昭和12)年7月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者門田裕志
公開 / 更新2014-05-20 / 2014-09-16
長さの目安約 28 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



「親分」
「何だ八、又大變の賣物でもあるのかい、鼻の孔が膨らんでゐるやうだが」
 錢形の平次は何時でもこんな調子でした。寢そべつたまゝ煙草盆を引寄せて、こればかりは分不相應に贅澤な水府煙草を一服、紫の煙がゆら/\と這つて行く縁側のあたりに、八五郎の大きな鼻が膨らんでゐると言つた、天下泰平な夏の日の晝下りです。
「大變が種切なんで、近頃は朝湯に晝湯に留湯だ。一日に三度づつ入ると、少しフヤけるやうな心持だね、親分」
「呆れた野郎だ。十手なんか内懷に突つ張らかして、僅かばかりの湯錢を誤魔化しやしめえな」
「飛んでもねえ、そんな不景氣な事をするものですか、――不景氣と言や、親分、近頃錢形の親分が錢を投げねえといふ評判だが、親分の懷具合もそんなに不景氣なんですかい」
「馬鹿にしちやいけねえ、金は小判といふものをうんと持つて居るよ。それを投るやうな強い相手が出て來ないだけのことさ」
「へツ、へツ」
「いやな笑ひやうをするぢやないか」
「その強さうな相手があつたら、何うします、親分」
「又ペテンにかけて俺を引出さうと言ふのか、その強さうな相手といふのは誰だ、――次第によつちや乘出さないものでもない」
 平次は起直りました。春から大した御用もなく、巾着切や空巣狙を追ひ廻させられて、錢形の親分も少し腐つてゐた最中だつたのです。
「品川の大黒屋常右衞門――親分も知つてゐなさるでせう」
「石井常右衞門の親類かい」
「そんな氣のきかない淺黄裏ぢやない、品川では暖簾の古い酒屋ですぜ」
「フーン」
「其處の娘――お關といふのは、十八になつたばかりだが、品川小町と言はれる大したきりやうだ。手代の千代松と嫁合せ暖簾を分ける筈だつたが、近頃大黒屋は恐ろしい左前で、盆までに二三千兩纏らなきや主人の常右衞門首でも縊らなきやならねえ」
「――」
 平次は默つてガラツ八の長廣舌に聽き入りました。この天稟の早耳は、又何か重大なものを嗅ぎつけて來た樣子です。
「幸ひ、池の端芽町の江島屋良助の伜良太郎が、フトした折にお關を見染めた」
「あの馬鹿息子がかい」
「息子は馬鹿でも、親爺は下谷一番の金持だ。上野の御用を勤めて、何萬兩と溜め込み、金の費ひ途に困つて、庭石の代りに小判を敷いたり、子供の玩具にしたり」
「嘘を吐きやがれ」
「それは嘘だが、兎に角、伜に日本一の嫁を貰ふんだからと嫌がる大黒屋へ人橋架けて口論き落し、その代り結納は千兩箱が三つ、こいつは空ぢやないぜ、親分」
「大黒屋へやつたといふのか」
 三千兩の結納は、江戸の大町人のする事にしても、少し奢りが過ぎます。
「池の端の江島屋から、馬に積んで番頭と仲人夫婦が附添ひ品川大黒屋まで持つて行つて、江島屋の番頭太兵衞や、仲人の佐野屋佐吉夫妻が立ち會ひの上、三つの千兩箱を開けて見ると、こいつが皆な大粒の砂利になつてゐたといふから驚くぢやありませんか」

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