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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
作品ID54644
副題142 権八の罪
142 ごんぱちのつみ
著者野村 胡堂
文字遣い旧字旧仮名
底本 「錢形平次捕物全集第十七卷 權八の罪」 同光社磯部書房
1953(昭和28)年10月10日
初出「オール讀物」文藝春秋社、1943(昭和18)年3月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者門田裕志
公開 / 更新2016-02-14 / 2015-12-24
長さの目安約 21 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



「八、居るか」
 向柳原の伯母さんの二階に、獨り者の氣樂な朝寢をしてゐる八五郎は、往來から聲を掛けられて、ガバと飛起きました。
 障子を細目に開けて見ると、江戸中の櫻の蕾が一夜の中に膨らんで、甍の波の上に黄金色の陽炎が立ち舞ふやうな美しい朝でした。
「あ、親分。お早う」
 聲を掛けたのは、まさに親分の錢形平次、寢亂れた八五郎の姿を見上げて、面白さうに、ニヤリニヤリと笑つて居ります。
「お早うぢやないぜ、八。もう、何刻だと思ふ」
「そのせりふは伯母さんから聞き馴れてゐますよ。――何んか御用で? 親分」
 八五郎はあわてて平常着を引つ掛けながら、それでも減らず口を叩いてゐるのでした。
「大變だぜ、八五郎親分。こいつは出來合ひの大變と大變が違ふよ。溝板をハネ返して、野良犬を蹴飛ばして、格子を二枚モロに外すほどの大變さ」
 平次はさういひ乍ら、一向大變らしい樣子もなく、店先へ顏を出した八五郎の伯母と、長閑なあいさつを交してゐるのでした。
「あつしのお株を取つちやいけません。――どうしたんです、親分」
 八五郎は帶を結びながら、お勝手へ飛んで行つて、チヨイチヨイと顏を濡らすと、もう店先へまぶし相な顏を出しました。
「觀音樣へ朝詣りをするつもりで、フラリと出掛けると、途中で大變なことを聽き込んだのさ。お前に飛込まれるばかりが能ぢやあるまいと思つたから、今日は俺の方から、『大變』をけしかけに來たんだ。驚いたか、八」
「驚きやしませんよ。まだ、親分は何んにもいつてないぢやありませんか」
「成程、まだいはなかつたのか。――外ぢやない。廣徳寺前の米屋、相模屋總兵衞が、昨夜人に殺されたんだとさ」
「へエ――。あの評判の良い親爺が?」
「どうだ、一緒に行つて見ないか」
「行きますよ。ちよいと待つて下さい親分」
「これから飯を食ふのか」
「腹が減つちや戰が出來ない」
「待つてやるから、釜ごと噛らないやうにしてくれ。あ、自棄な食ひやうだな。伯母さんが心配してゐるぜ。早飯早何んとかは藝當のうちに入らない」
「默つてゐて下さいよ、親分。小言をいはれ乍ら食つたんぢや身にならねえ」
「六杯と重ねてもか」
 そんな事をいひ乍らも、八五郎は飯を濟ませて、身仕度もそこ/\に飛出しました。
 廣徳寺前までは一と走り、相模屋の前は、町内の彌次馬で一パイです。
「えツ、退かないか。その邊に立つてゐる奴は皆んな掛り合ひだぞ」
 三輪の萬七の子分、お神樂の清吉が、そんな事をいひながら、人を散らして居ります。
「どうした、お神樂の。下手人は擧がつたか」
 平次は穩かに訊きました。
「擧がつたやうなものですよ。帳場の金が百兩無くなつて、下男の權八といふのが逃げたんだから」
「逃げた先の見當は付いたかい」
 餘計なことを、ガラツ八は口を挾みました。
「解つてゐるぢやないか。吉原の小紫のところよ。――野郎の名前…

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