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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
作品ID54671
副題167 毒酒
167 どくしゅ
著者野村 胡堂
文字遣い旧字旧仮名
底本 「錢形平次捕物全集第十九卷 神隱し」 同光社磯部書房
1953(昭和28)年11月5日
初出「オール讀物」文藝春秋新社、1947(昭和22)年4月特別号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者門田裕志
公開 / 更新2016-05-30 / 2017-03-04
長さの目安約 27 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



「親分、今日は、良い陽氣ですぜ。家の中に引つ込んで、煙草の煙の曲藝をやつてゐるのは勿體ないぢやありませんか」
 ガラツ八の八五郎は、入つて來るなり、敷居際に突つ立つて、斯んな事を言ふのです。
「大きなお世話だよ、どうせお前のやうに、空つ尻のくせに、花見に出かけるほどの膽力はないからだよ。――陽氣が良いから、日向に引つくり返つて居ても、トロリと醉ひ心地になるぜ」
 錢形の平次は、斯う言つた無精者でした。尤も縁側に寢そべつて、街の遠音を夢心地に聽き乍ら、白雲の行きかひを、庇の間から眺めて居るのも滿更惡くない陽氣です。
「天道樣に照らされて、ボーツと醉心地になるなんざ智慧がなさ過ぎますね。今日のやうな日には、何處へ行つても花さへありや杯の雨が降りますよ」
「呆れた野郎だ、人の酒で花見をする氣でゐやがる」
「上野は筋の良い客が居るから、偶には小袖幕から呼込まれるやうな都合にならないものでもあるまいと思つてやつて來ると――」
「馬鹿野郎、序幕でお姫樣に見染められる氣でゐやがる」
「それくらゐ押が強くないと、結構な花見は出來ませんよ、――ところで、その氣で上野へ出かけると、山下で大變なものに出逢はしたんで」
 ガラツ八の八五郎は、何やら仕事を嗅ぎつけて來た樣子です。
「お姫樣が山下で虎になつて居たとでもいふのか」
 平次はまだ茶かし氣味です。
「殺しがあつたんですよ、――尤も斬つたのは浪人乍ら歴とした武家で、斬られた方は油蟲のやうな安惡黨だから、こいつは場所次第では、無禮討でも濟んだ筈ですが、困つたことに車坂御門の側で、最初に驅け付けたのは御山同心だ」
「それぢや寺社のお係りだらう、お前が花見を諦めるほどの筋ぢやあるめえ」
「それがいけねえ、車坂御門の側で血を流したに違げえねえが、死骸のあつた場所は矢張り虎門の外だ」
「話がうるさいね」
「土地の御用聞や町役人につかまつて、到頭半日丸潰れ、――このまゝで歸つても恰好がつかねえから、一應親分の耳にも入れて」
「丁度空きつ腹の恰好もつけようといふんだらう」
「まア、そんな事で」
「お靜、聞いたらうな、八に齋を上げる支度だよ」
「ハイ、もう直き出來ますが」
 平次の戀女房のお靜は、お勝手で爽やかに返事をしました。
「一體その車坂御門外の刄傷沙汰といふのはどうした事なのだ。目刺しの燒けるうちに、ざつと筋を通して見な」
 平次は漸くとぐろをほぐして、煙草盆を引寄せました
「斬つたのは山下の御浪人で、大寺源十郎といふ人、この人は柄が小さくて、顏も聲も女の子のやうに優しいが、腕は餘つ程出來るやうですよ」
「その人なら、おれも顏くらゐは知つて居るよ」
「昨夜御切手町の藥種屋長崎屋庄六の家にウンザのケエがあつて」
「なんだ、そのフン反り返つた――てえのは」
「ウンザのケエですよ、――何んとかや、哉つて、十七文字並べる奴、都々逸の端折…

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