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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
作品ID54679
副題171 偽八五郎
171 にせはちごろう
著者野村 胡堂
文字遣い旧字旧仮名
底本 「錢形平次捕物全集第二十卷 狐の嫁入」 同光社磯部書房
1953(昭和28)年11月15日
初出「オール讀物」文藝春秋新社、1947(昭和22)年9月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者門田裕志
公開 / 更新2016-06-14 / 2017-03-04
長さの目安約 22 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



「八、お前近頃惡い料簡を起しやしないか。三輪の萬七親分が變なことを言つて居たやうだが――」
 八五郎の顏を見ると、錢形平次はニヤリニヤリと笑ひ乍ら、こんな人の惡いことを言ふのです。
「それですよ、親分。あつしはそんな惡い人間に見えますか」
 八五郎は少しばかり肩肘を張ります。
「甘い人間だとは思つて居るが、惡い人間とは氣が付かなかつたよ。尤もさう果し眼になると、思ひの外お前の顏にも凄味がでるから不思議さ」
「親分、あつしが、子さらひや強請をするかしないか考へて見て下さい。あらゆる惡事の中でも、人の子をさらつて金を奪るほど罪の深いことはないと、親分が始終言ふのを身に沁みて聽いて居りますよ」
 八五郎は腹を立て乍らも、よく/\困惑して居る樣子です。
「だから詳しく話して見るが宜い。三輪の萬七親分の言ふのが本當か、本人の八五郎が言ふのが本當か、一伍仔什を聽いた上で極めようぢやないか」
 平次はまだからかひ顏ですが、此事件にはかなりの興味と熱意を持つて居る樣子でした。
 八五郎の掛り合ひになつた子さらひ事件といふのは、江戸の下町に、此夏から起つた誘拐で、數はさして多くはありませんが、仕事が如何にも巧妙で慘忍で、江戸つ子達の義憤の血を沸き立たせるには充分なものがありました。
 さらはれるのは、良家の綺麗な女の子で、六つ七つから十歳止りくらゐ、四五日から長くて十日くらゐ留め置いて、大抵は親許の身分に應じた金を奪つて戻しますが、中に、五人に一人、三人に一人、一と月二た月と經つても還してくれないのも幾人かはあるのでした。
 戻つた娘から聽くと、誘拐するのは念入りに化粧をして、髮の毛の多い優しくて綺麗な『姉さん』で、子供の觀察で年の頃はよくわかりませんが、二十五は越して居ない樣子です。小娘を釣る手段は、最初は夕方の空地などで多勢の子供が遊んで居るところへ行つて、びつくりするほど飴や菓子をバラ撒き、そのうちの子柄の良いのを選つて、簪とか毬とかをやつてつれ出し、或時は空家の中へ、或時は船へ誘ひ込んで、何處ともなくつれて行くのです。
「子供は何んでも田舍の一軒家のやうなところへ連れ込まれ、ろくに食物もやらずに、何日かは投り出して置かれるさうです。尤も番人のやうな年寄夫婦が居て見張つて居るが、時々若い男が來て、子供を裸にして、妙なことをさせるんださうで――」
「妙なこと?」
「妙なことに違ひありません。女の子の骨組や身體を念入りに見たり、高いところから突き落したり、梁へブラ下げたりするんだと言ひますから、正氣の沙汰ぢやありませんね」
「それから?」
 八五郎の話は豫想以上に奇つ怪です。
「それから子供の親許へ手紙をやつて、何時の幾日に、何處其處へ金を持つて來い、子供は引換へに返してやる。子供を無事に返して貰ひ度かつたら、一言も人に漏らすな、お上の役人の耳に入れるやうな事があつた…

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