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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
作品ID54680
副題179 お登世の恋人
179 おとよのこいびと
著者野村 胡堂
文字遣い旧字旧仮名
底本 「錢形平次捕物全集第二十卷 狐の嫁入」 同光社磯部書房
1953(昭和28)年11月15日
初出「オール讀物」文藝春秋新社、1947(昭和22)年10月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者門田裕志
公開 / 更新2016-06-29 / 2017-03-04
長さの目安約 21 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



「親分妙なことがありますよ」
 ガラツ八の八五郎は、入つて來るといきなり洒落た懷中煙草入を出して、良い匂ひの煙草を立て續けに二三服喫ひ續けるのでした。
「陽氣のせゐだね。俺の方にも妙なことがあるんだが――」
 錢形の平次は、肘枕を解くと、起直つてたしなみの襟などを掻き合せます。
「へエー、不思議ですね。親分の方の妙な事といふのはなんで?」
 ガラツ八は鼻の下を長くしました。
「八五郎の煙草入に煙草が入つて居るのが妙ぢやないか。その煙草が馬糞臭い鬼殺しでもあることか、プーンと名香の匂ひのする上葉だ。水戸か薩摩か知らないが、何處でくすねて來やがつたんだ」
「驚いたね、どうも。錢形の親分の鼻の良いには」
「お世辭を言ふな」
「實はこの煙草の施主に頼まれて來たんですがね。――凡そこの」
「凡そこの――と來たか。その次は然り而してと來るだらう、煙草と一緒に學まで仕入れて來やがつた」
 平次と八五郎は何時でも此調子で、大事な話をトントンと運んで行くのでした。平次とガラツ八の流儀から言へば、無駄話も決して無駄ではなかつたのです。
「からかつちやいけませんよ。――凡そこの、へツ又出て來やがつた。學があると、ツイこの地が出るんですね」
「間拔けだなア、まだ學にこだはつてやがる。早く話の筋を通しな」
「へエ、――凡そと來たね、下手人のない人殺しといふものがあるでせうか」
「成程そいつは妙だね。下手人がなきや頓死か過ちだらう」
「床の中で過失は變ぢやありませんか。おまけに首筋を刺身庖丁で切られて頓死は開闢以來で――」
「誰だい、それは?」
「本所御船藏前、水戸樣御用の煙草問屋で常陸屋久左衞門が、昨夜自分の部屋で殺されて居るのを、今朝になつて見付けましたよ。石原の利助親分ところのお品さんが、親父の繩張内で起つたことだが、こいつはむづかしさうだから、錢形の親分にお願ひして下さい。動きさうもなかつたら、首根つこに繩をつけても――」
「お品さんはそんな事を言やしめえ」
「へツ、その通りで」
「水府の刻みは、常陸屋の店で貰つて來たのか、呆れ返つた野郎だ。どんなに詰めたか知らないが懷中煙草入はハチ切れさうぢやないか」
「煙草入のカマスは大きいに限ると思ひましたよ。今日といふ今日は」
「馬鹿野郎」
「今度お菓子屋に間違ひがあつたら、重箱を背負つて行く」
「止さないか、人聞きの惡い」
 錢形平次はそんな無駄を言ひ乍らも、手早く支度をして、八五郎と一緒に神田の家を飛出しました。
 本所御船藏前の常陸屋といふのは、その頃水府の煙草を一手に捌いた老舖で、江戸中にも知られた店ですが、殺されたといふ主人の久左衞門はその時五十八歳。頑固一徹で、つむじ曲りで、口やかましくて、少しケチで、そしてなか/\の商賣上手といふ評判の老人でした。
 常陸屋の内外は、石原の利助の子分達が、水も漏らさじと固め。店には老…

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