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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
作品ID54681
副題174 髷切り
174 まげきり
著者野村 胡堂
文字遣い旧字旧仮名
底本 「錢形平次捕物全集第二十卷 狐の嫁入」 同光社磯部書房
1953(昭和28)年11月15日
初出「オール讀物」文藝春秋新社、1947(昭和22)年12月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者門田裕志
公開 / 更新2016-06-23 / 2017-03-04
長さの目安約 23 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



「あれを聽いたでせうね、親分」
 ガラツ八の八五郎は、この薄寒い日に、鼻の頭に汗を掻いて飛込んで來たのです。
「聽いたよ、新造に達引かしちやよくねえな。二三日前瀧ノ川の紅葉を見に行つて、財布を掏られて、伴の女達にお茶屋の拂ひまでして貰つたといふ話だらう」
 錢形平次は立て續けに煙管を叩いて、ニヤリニヤリとして居るのです。
「そんなつまらねえ話ぢやありませんよ。親分も聽いたでせう、近頃大騷ぎになつて居る、土手の髷切り」
「さうだつてね、新吉原の土手で、遊びに行く武家がポンポン髷を切られるんだつてね、――大きい聲ぢや言へねえが、『人は武士なぜ傾城に嫌がられ』とはよく言つたものさ。突き袖かなんかしやがつて、武士たる者が不用心ななりで女郎買なんかに行くから、命から二番目の大髻を切られるのさ。八五郎が財布を掏られるのと違つて、こいつは内々溜飮を下げて居る奴が多いぜ。なア八」
 町人平次――お上の御用を勤めてゐるには相違ありませんが、武士の髷切り騷ぎには、内々揉手をして喜んで居るのでした。
 その頃江戸中の評判になつた、この髷切りの惡戯は、一ヶ月ほど前から始まつたことですが、月のない眞つ暗な晩に限つて、新鳥越から衣紋坂にいたる、所謂土手八丁と言はれた日本堤で、何者とも知れぬ怪人に襲はれ、アツと言ふ間に髷節から髻を切り取られ、ザンバラ髮になつて、すご/\と歸る人間が多くなつたのです。
 誰が一體、何んの意趣でそんな惡戯をするのか、全く見當もつきません。髷を切られるのは武家に限り、二本差でないものは、どんなに醉拂つて居ても、たつた一人で通つても、何んの障りもなく、武士は二三人繋がつて歩いて居ても、そのうちのたつた一人だけが見事に髷を切られることさへあるのでした。
 切られた者の話によると、音も立てずに忍び寄つて、恐ろしい手際で拔き討に髷節を拂ひ、サツと風の如く飛去るらしいといふのです。中には頭の上を鳥が飛んだやうに感じたとか、頬をかすめて、一陣の風が吹いたと感じたときは、もう自分の髷節は切られて、バラリと毛が耳へ下がつて來て居るといふのです。
 その切られた髷は、幾つかづつ繩で編んで場所もあらうに、五十間の右手の高札場、丁度見返り柳と相對して、曝しものにするのです。もとより髷を切られた本人は來るわけはありませんが、
「あつ、今日は三つだ」
「昨日は二つだつたが、――切られた奴の顏が見度いネ」
「あれが千になると大願成就だとよ」
「何んの願を掛けて居るんだらう」
 指さして笑ふのは、切られる心配のない町人共で、武士は苦々しく横眼で睨んで通るのです。
「面白がつて居ちや困りますよ。昨日八丁堀へ顏を出すと、笹野の旦那がひどくお困りの樣子で、――平次は何をして居るんだ、髷切りを放つて置くと、八方から文句が來て、大困りだが――とこぼして居ましたよ」
「成程な、考へて見ると笹野の…

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