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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
作品ID54684
副題304 嫁の死
304 よめのし
著者野村 胡堂
文字遣い旧字旧仮名
底本 「錢形平次捕物全集第二十一卷 闇に飛ぶ箭」 同光社
1954(昭和29)年2月15日
初出「オール讀物」文藝春秋新社、1953(昭和28)年9月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者門田裕志
公開 / 更新2016-12-30 / 2017-03-04
長さの目安約 30 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



「親分、お早やうございます」
 八五郎はいつになく几帳面に格子戸を開けて入つて來ました。神田明神下の、錢形平次住居の段、――尤も、几帳面に引かないと、この格子は番ごと敷居から外れます。
 借金の言ひわけと細工事が大嫌ひで、棚が落ちても釣らうとせず、半日肩で押へてゐて、八五郎が來るのを待ち兼ねない平次です。入口の格子戸の外れるくらゐのことは、三年でも我慢する氣でなければ、店賃を六つも溜められる道理はありません。
 それは兎も角、平次は相變らず粉煙草をせゝつて、三世相大雜書を讀んで居りました。干支を繰つて見ると、前世に寺から油を三合借りて返さなかつたので、斯んなに貧乏するんださうで、
「八五郎の奴は、八幡樣の神馬の生れ變りで、福徳圓滿、富貴望むが儘なるべし――は少し眉唾だが、顏の長いところは、馬に縁がないでもない。――おや、おや、その代り、いやなト書きが附いて居る。その代り『伉儷得難かるべし、縁談すべて望なし、愼しむべし、愼しむべし』だつてやがる、何が愼しむべしだ。可哀さうに、何んだつてまた御神馬なんかになりやがつたんだ」
 ポンと分厚な大雜書を抛ると、
「お早やう、起きてるんですか、親分」
 八五郎の顏が六疊を覗くのです。
「あ、膽をつぶすぜ、顎のお化けが出たのかと思つたよ。いきなり入つて來やがつて――」
「聲を掛けたのを、親分が聽えなかつたんで」
「柄にもなく、尋常らしい聲を出すからだよ。小笠原流に物申すぢや、聞えはしないやな。お前が八幡樣の御神馬の生れ變りで、金はウンと出來るが、女の子は出來ないといふ、有難い本を讀んでゐたところだ」
「イヤになるなア、金なんざ百も欲しくねえが、江戸の良い娘がベタ惚れといふ卦が出ませんかね。塵溜をあさつてゐる雄鷄の生れ變りで結構だから」
「呆れた野郎だ。――ところで、此二三日顏を見せなかつたぢやないか」
「御婚禮へ行つてゐたんですよ」
「三日は長過ぎるぢやないか。まさか、お里歸りまで附き合つたわけぢやあるめえ」
「附き合ひましたよ。聟と嫁を送り出して、漸く年明けになつたから、親分のところへ、久し振りで御挨拶に來たんで、喧嘩や出入事の歸りと違つて、何となく斯う物腰が尋常でせう」
「本人がその氣でゐるんだから、結構なことに違げえねえが、御祝言は何處にあつたんだ」
「岡惚れを一人なくしてしまひましたよ、へツ」
「泣くなよ、岡惚れはどの口だえ」
「富坂のお鈴坊、後家のお此の娘で、年は十九、厄は厄でも、こんな綺麗な娘には神も佛も罰は當てねえ」
「大層な御信心ぢやないか」
「親分でも、あの娘を一と眼見ると、そんな心持になりますよ、――そのお鈴坊を見染めたのが、牛込肴町の兜屋三郎兵衞の伜殿松、兜屋と言つたつて、鎧兜を賣るわけぢやありません。武家あがりの酒屋で、大した身上で、後家の娘のお鈴を、金にあかして貰つたんで」
「それにお前は掛…

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