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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
作品ID54688
副題300 系図の刺青
300 けいずのいれずみ
著者野村 胡堂
文字遣い旧字旧仮名
底本 「錢形平次捕物全集第二十一卷 闇に飛ぶ箭」 同光社
1954(昭和29)年2月15日
初出「オール讀物」文藝春秋新社、1953(昭和28)年5月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者門田裕志
公開 / 更新2016-12-16 / 2017-03-04
長さの目安約 31 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



「親分は源氏ですか、それとも平家ですか」
 ガラツ八の八五郎は、いきなりそんなことを言ふのです。御用も一段落になつた春のある日、後ろに一立齋廣重がよく描いた、桃色の空を眺めて、一本の煙管をあつちへやつたり、此方へ取つたり、結構な半日を、百にもならぬ無駄話に暮らすのです。
「螢や蟹ぢやあるめえし、源氏だらうと平家だらうと一向構はないぢやないか」
 錢形平次は氣のない返事でした。天氣は上々、春は酣、これからお靜の手料理で、八五郎と酌み交すのが、まさに一刻千金の有難さだつたのです。
「虫や魚の話ぢやありませんよ。それ、何處の家にも祖先といふのがあるでせう。その過去帳見たいな卷物を――何んとか言ひましたね」
「系圖だらう」
「さう、さう、そのけえづのことですがね」
「下らねえ詮索だ。俺の家は親代々の御用聞き、胞衣を引つくり返しや、寛永通寶の紋が附いてゐる」
「交ぜつ返さないで下さい。筋のある話なんだから」
「さうだらうとも、五匁玉半分煙にして、空茶を藥罐で三杯もあけるのは、容易なことぢやあるめえと思つて居たよ。そんなに言ひにくいところを見ると、女房が欲しいのか、金が要るのか、それとも――」
「どつちも欲しかありませんよ。痩せ我慢のやうだが、江戸中の娘にがつかりさせるのも殺生だし、御用聞が金を貰ふと、後が怖いから」
「良い心掛けだよ、お前は」
「そのけえづなんですがね、親分。一つ搜して見る氣になりませんか。首尾よく手に入ると、御褒美の金が何んと小判で百兩」
「止さないか、馬鹿々々しい。そんなものに掛り合つてゐると、御家の騷動に捲き込まれて、腹を切らされるよ」
「へエ、さうでせうか?」
「歌舞伎芝居や黄表紙にあるだらう。紛失物は大概きまつて居るよ。小倉の色紙に、讓葉の御鏡さ。それからそれ、御家の系圖だ。皆んな一度は惡人の手に入つて、大騷ぎするにきまつて居る」
 平次はまるつ切り相手にしません。
「さう言はずに聽いて下さいよ。お禮は兎も角、こいつは滅法面白い仕事で、引受け甲斐がありますぜ」
「何處かでまた、おだてられて來たんだらう。兎も角、話して見な。事と次第では、小出しの智惠を貸さないものでもない」
「有難いね、親分が引受けて下されば、系圖の方から、手土産を持つて出て來ますよ」
「おだてちやいけねえ」
「親分は、染井右近といふ人を御存じでせうね」
「そんな小父さんは知らないよ」
「小父さんぢやありません。江戸開府前の名家とやらで」
「ハテネ?」
 八五郎の話は、相變らずまことに埒のないものでしたが、それでも、これだけのことはわかりました。
 染井右近といふのは、王朝時代に東に下つた、業平朝臣の裔だとも言ひ、染井村に土着して、代々豪士として勢威を振ひ、太田道灌が江戸に築いた頃は、それに仕官して軍功を樹てましたが、徳川家康入府の際には、率先その旗下に參じて忠誠を盡し、…

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