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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ |
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作品ID | 54703 |
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副題 | 104 活き仏 104 いきぼとけ |
著者 | 野村 胡堂 Ⓦ |
文字遣い | 旧字旧仮名 |
底本 |
「錢形平次捕物全集第二十三卷 刑場の花嫁」 同光社 1954(昭和29)年4月5日 |
初出 | 「オール讀物」文藝春秋社、1939(昭和14)年12月号 |
入力者 | 特定非営利活動法人はるかぜ |
校正者 | 門田裕志 |
公開 / 更新 | 2016-07-23 / 2016-06-10 |
長さの目安 | 約 31 ページ(500字/頁で計算) |
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一
「親分、面白くてたまらないといふ話を聞かせませうか」
ガラツ八の八五郎は、膝つ小僧を氣にし乍ら、眞四角に坐りました。こんな調子で始める時は、お小遣をせびるか、平次の智慧の小出しを引出さうとする下心があるに決つて居ります。
「金儲けの話はいけないが、その外の事なら、大概我慢をして聽いてやるよ、惚氣なんざ一番宜いね――誰が一體お前の女房になりたいつて言ひ出したんだ」
錢形平次――江戸開府以來の捕物の名人と言はれた錢形平次は、いつもこんな調子でガラツ八の話を受けるのでした。
「そんな氣障な話ぢやありませんよ。ね、親分」
「少し果し眼になりやがつたな」
「音羽の女殺しの話は聽いたでせう」
「聽いたよ。お小夜とか言ふ、良い年増が殺されたんだつてね、――商賣人あがりで、殺されても不足のねえほど罪を作つてゐるといふぢやないか」
二三日前の話でせう、平次はもうそれを聽いて居たのです。
「商賣人上りには違えねえが、雜司ヶ谷名物の鐵心道人の弟子で袈裟を掛けて歩く凄い年増だ。殺されたとたんに紫の雲がおりて來て、通し駕籠で極樂へ行かうといふ代物だから驚くでせう」
「成程、話は面白さうだな。もう少し筋を通して見な」
平次もかなり好奇心を動かした樣子です。
「鐵心道人のことは、親分も聽いて居るでせう」
「大層あらたかな道者だつて言ふぢやないか。矢つ張り法螺の貝を吹いたり、護魔を焚いたりするのかい」
「そんな事はしねえが、説教はする。八宗兼學の大した修業者だが、この世の慾を絶つて、小さい庵室に籠り、若い弟子の鐵童と一緒に、朝夕お經ばかり讀んでゐる」
「で?」
「それで暮しになるから不思議ぢやありませんか。ね、親分」
「――」
平次は默つてその先を促しました。合槌を打つと何處まで脱線するかわかりません。
「尤も信心の衆は、加持祈祷をして貰つたと言つちや金を持つて行く。が、鐵心道人はどうしても受取らねえ。罰の當つた話で――」
「さう言ふ手前の方が餘つぽど罰當りだ」
「米や味噌や、季節の青物は取るさうだから先づ命には別條ない――」
「それから何うした」
八五郎の話のテムポの遲さにじれて、平次はやけに吐月峰を叩きました。
「だから、音羽から雜司ヶ谷目白へかけての信心は大變なものですよ。あの邊へ行つてうつかり鐵心道人の惡口でも言はうものなら、請合ひ袋叩きにされる」
「で――」
「お小夜の殺された話は、鐵心道人の事から話さなくちや筋が通りませんよ。何しろ、明日といふ日は鐵心道人の庵室へ乘り込んで、朝夕の世話をすることになつて居た女ですからねエ」
「梵妻になるつもりだつたのかい」
「飛んでもない。鐵心道人の教へでは、女犯は何よりの禁物で、雌猫も側へは寄せない」
「お小夜は雄猫と[#「雄猫と」はママ]間違へられた」
「冗談ぢやない、――多勢の弟子の中から運ばれて[#「運ばれて」はママ]…