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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
作品ID54735
副題188 お長屋碁会
188 おながやごかい
著者野村 胡堂
文字遣い旧字旧仮名
底本 「錢形平次捕物全集第二十六卷 お長屋碁會」 同光社
1954(昭和29)年6月1日
初出「オール讀物」文藝春秋新社、1948(昭和23)年12月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者門田裕志
公開 / 更新2016-12-13 / 2017-03-04
長さの目安約 24 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



 その頃錢形平次は、兇賊木枯の傳次を追つて、東海道を駿府へ、名古屋へ、京へと、揉みに揉んで馳せ上つて一と月近くも留守。
 明神下の家に、戀女房のお靜をたつた一人留守番さしては、鼠に引かれさうで心配でならないので、向柳原の八五郎の叔母さんに泊りに來てもらひ、その代り八五郎は、叔母さんの家にたつた一人。幸ひ寒さに向つて蛆も湧かず、無精でだらしがなくて、呑氣で贅澤な、男やもめ暮しをして居るのでした。
 ところが何んと、錢形平次に追はれてゐる筈の木枯傳次は、平次が名古屋あたりへ行つた頃――つまり江戸を逃げ出して十日も經たないうちに、早くも立ち戻つて、平次のお膝元――神田明神下一角から、佐久間町、久右衞門町、八名川町と八五郎の御膝元なる向柳原一帶へかけて眞に落葉を吹きまくる木枯の如く荒し廻るのでした。
 十一月の末から十二月の始めにかけて、押入られた家だけでも五軒、そのうち怪我人が一人、殺されたのが一人、盜られた金は、三百兩にも上るでせう。八五郎は最初は躍起となつて、この捕捉し難い兇賊の影法師を追ひ廻しましたが、結局八五郎如きでは手に了へないとわかつたのと、もう一つ、三輪の萬七が平次の留守を預かるといふ口實で、お神樂の清吉その他、夥しい子分をつれて乘込み、
「錢形の親分が留守のうち、俺が此邊まで乘出して來ることになつたんだ。八五郎兄哥には濟まねえが、當分骨休みして貰ひ度い。これには少しわけのあることなんだ、笹野の旦那も御承知の上だから――」
 斯う言つた無禮な申入れです。八五郎さすがにムツとしましたが、生れ付いてのノウ天氣で、半日と腹を立てて居ることが出來ず、三輪の萬七の申入れを幸せに、十手を箪笥の中へ投り込んで、この半月あまりは、毎日碁ばかり打つて暮して居たのです。
 十二月五日過ぎになつて、錢形の平次はぼんやり長い旅から歸つて來ました。平次が一と月も追つ駈けたのは木枯の傳次の影武者の一人と言はれた、つまらない三下野郎で、大阪へ行くと苦もなくつかまりましたが、親分の傳次に頼まれて、平次を江戸からおびき出すため、東海道五十三次を、僞の證據をバラ撒き乍ら歩いたとわかつて、まさに腹も立たない仕儀だつたのです。
 こいつを軍鷄籠に乘せて、宿々の人足に世話を燒かせ乍ら、江戸まで持つて來るのはあまりにも馬鹿/\しく平次は大舌打を一つ殘して、飄然と江戸へ歸つて來る外はありませんでした。まさに、錢形平次一世一代の大縮尻です。
 歸つては見たものの、江戸の方の木枯傳次騷ぎは、三輪の萬七が取り仕切つて、平次が手を出すきつかけもなく、ぼんやり旅の疲れを休めて居ると、問題の三輪の萬七、最も慇懃無禮な顏を持込んで來たのは、丁度三日目でした。



「錢形の親分、さぞお疲れだらうな、――ところで、親分が追つ駈けた木枯の傳次は、全くの影法師で、眞物の傳次はヌクヌクと江戸に居殘り、前にもま…

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