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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
作品ID54747
副題205 権三は泣く
205 ごんぞうはなく
著者野村 胡堂
文字遣い旧字旧仮名
底本 「錢形平次捕物全集第二十七卷 猿蟹合戰」 同光社
1954(昭和29)年6月10日
初出「オール讀物」文藝春秋新社、1949(昭和24)年12月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者門田裕志
公開 / 更新2017-04-03 / 2017-03-11
長さの目安約 25 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



「考へて見ると不思議なものぢやありませんか。ね、親分」
 八五郎はいきなり妙なことを言ひ出すのでした。明神下の錢形平次の家の晝下がり、煎餅のお盆を空つぽにして、豆板を三四枚平らげて、出殼しの茶を二た土瓶あけて、さてと言つた調子で話を始めるのです。
「全く不思議だよ。晝飯が濟んだばかりの腹へ、よくもさう雜物が入つたものだと思ふと、俺は不思議でたまらねえ」
 平次は八五郎の話をはぐらかして、感に堪へた顏をするのでした。
「そんな話ぢやありませんよ。あつしの不思議がつて居るのは、江戸中の人間が腹の中で、いろんな事を考へて居るのが、若しこの眼で見えるものなら、さぞ面白からうと言つたやうなことで――」
「あの娘が何を考へて居るか、それが知り度いといふ話だらう」
「まア、そんなことで」
 八五郎は顎を撫でたり額を叩いたりするのです。
「安心しなよ、お前のことなんか考へちや居ないから」
「有難い仕合せで、へツ」
「誰が何を考へてゐるか、一向わからないところが面白いのさ。こいつが皆んな眼に見えたひにや、大變なことになるぜ、――第一こちとらの稼業は上がつたりさ」
「大の男の腹の中が、哀れな戀心で一パイで、可愛らしい娘が喰ひ氣で張りきつて、立派な御武家の腹の中が金慾でピカピカして居るなんざ、面白いでせうね」
「言ふことが馬鹿々々しいな。さう言ふお前の腹の中には、一體何があるんだ」
「戸棚の中の大福餅ですよ、――先刻チラリと見たんだが、まだ四つ五つは殘つて居るに違げえねえ。あれを一體何時誰が喰ふだらうと――」
「呆れた野郎だ、――お靜、大福餅を出してやつてしまひな。そいつは見込まれたものだ、他の者が喰ふと、八五郎の念ひで中毒する」
「へツ、へツ、さすがに錢形の親分は天眼通で」
 八五郎は底が拔けたやうに笑つて居ります。
 これは併し、平次の生活のほんのささやかな遊びに過ぎなかつたのですが、その日のうちに錢形平次、怪奇な事件の眞つ唯中に飛び込んで、人の心の動きの不思議さに手を燒くことになつて居りました。
「親分、大變ツ」
 其處へ飛び込んで來たのは、平次の子分の八五郎の又子分の下つ引の又六といふ、陽當りの良くない三十男でした。ノツポの八五郎と鶴龜燭臺になりさうな小男、器用で忠實で貧乏で、平次と八五郎に對しては、眼の寄るところに寄つた玉の一人だつたのです。
「何んだ、又六ぢやないか、何が大變なんだ」
 八五郎はそれでも一かど親分顏をして、縁側へ長んがい顎を持出します。
「御數寄屋橋から息も吐かず飛んで來ましたよ」
「恐ろしく長い息だな」
「無駄を言はずに、話を聽け、八」
「へエ」
 平次に叱られて八五郎は間伸びな鋒鋩を納めました。
「御數奇屋橋の御呉服所主人三島屋祐玄樣が殺されましたよ。公儀御用の家柄だ、下手人がわからないぢや濟むまいから、直ぐ平次を呼んで來るやうにと、八丁堀の…

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