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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
作品ID54753
副題175 子守唄
175 こもりうた
著者野村 胡堂
文字遣い旧字旧仮名
底本 「錢形平次捕物全集第二十八卷 遠眼鏡の殿樣」 同光社
1954(昭和29)年6月25日
初出「西日本新聞」1947(昭和22)年
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者門田裕志
公開 / 更新2017-11-05 / 2017-10-25
長さの目安約 35 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



「親分、笑つちやいけませんよ」
 ガラツ八の八五郎が、いきなりゲラゲラ笑ひながら親分の錢形平次の家へ入つて來たのでした。
「馬鹿野郎。頼まれたつて笑つてやるものか、俺は今腹を立ててゐるんだ」
「へエー。何がそんなに腹が立つんで?」
 八五郎は漸くその馬鹿笑ひに緩んだ顏の紐を引締めました。
「お前のゲラゲラ笑ふ面を見ると腹が立つよ。虫のせゐだな」
「なんだ、そんな事ですか。あつしはまた可笑しくてたまらないことがあるんで。どうにも彼うにも、へツ、へツ、へツ、へツ」
 八五郎の顏にはまた煮えこぼれるやうな他愛もない笑ひが蘇へるのです。
「止さないか。お前の馬鹿笑ひを聞くと、氣が重くなるよ」
「だつて親分、あつしは賭をしたんですよ。錢形の親分はそんなつまらねえ仕事を引受ける筈はないといふと、相手の女は――お銀といふ娘ですがね――その女は、この鑑定ばかりは本阿彌が夫婦連れで來ても埒があかないに決つてゐるから、是が非でも錢形の親分を引つ張つて來て、このガン首を二つ並べて置いて鑑定して貰ひ度い。と斯う言ふんでせう」
「馬鹿だなア」
「それに錢形の親分は若くて愛嬌があつて大層好い男だつて言ふぢやないか。そんな人にマジマジと顏を見られるのは本望だからどうしても連れてお出でよ――とこれはお銀の言ひ草ですがね。到頭私とジヤンケンをやりましたよ。あつしが負けたんで」
 話の馬鹿々々しさに錢形平次も默つてしまひました。
「約束は約束だから、兎も角親分の迎へに來て、いきなり格子を開けると、とたんに親分の苦虫を噛みつぶした顏でせう。お銀が――愛嬌があつて好い男だつてね――とぬかしたのを思ひ出したんでへツへツへツ」
「止さないかよ、馬鹿野郎。俺は本當に腹を立てるよ」
 錢形平次は全く以ての外の氣色でした。でもこんなトボケたことにつれて兎角引つ込み思案になり勝ちな平次を引つ張り出すガラツ八のいぢらしい工作を知らないわけでもありません。
「でも、あつしの顏を立てて行つて下さるでせうね、親分」
「何處へ俺を連れ出さうといふのだ。餘計な細工をせずに、わけを話して見ろ」
「親分が乘出して下さりや占めたもんだ。斯うですよ、――麻布六本木の庄司伊左衞門――親分も御存じでせう」
「金持だつてネ」
「大地主ですよ。江戸開府前からの家柄で、その當主の伊左衞門がまだ若い時分、奉公人の何んとかいふ下女と出來て女の兒を産ませたが、まだ親がかりで話が面倒になり、下女は手當てをして暇を出し、間に出來た女の兒だけ手許で育てたが、嫁のおもよを貰つてから、折合がむづかしくて、その女の兒も親知らずで里へ出した――これが發端で」
 ガラツ八の八五郎は語り始めました。
 庄司伊左衞門の新妻のおもよは惡い人間ではなかつたが、まだ夢の多い若い盛りで、さすがに下女の産み棄てた繼子のお藤を育てる氣はなかつたのです。それに十兩の金をつ…

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