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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
作品ID54758
副題195 若党の恋
195 わかとうのこい
著者野村 胡堂
文字遣い旧字旧仮名
底本 「錢形平次捕物全集第二十九卷 浮世繪の女 」 同光社
1954(昭和29)年7月15日
初出「クラブ」1949(昭和24)年1月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者門田裕志
公開 / 更新2017-02-27 / 2017-01-13
長さの目安約 25 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



「親分、間拔けな武家が來ましたよ」
 縁側から八五郎の長んがい顎が、路地の外を指さすのです。
 梅二月も半ば過ぎ、よく晴れた暖かい日の晝近い時分でした。
「何んといふ口をきくんだ。路地の外へ筒拔けぢやないか、萬一その御武家の耳へ入つたら無事ぢや濟むめえ。無禮討にされても、文句の持つて行きどころはないぜ」
「だからあつしは武家が嫌ひさ。何んか氣に入らないことがあると、人切庖丁を捻くり廻して、――無禮者ツ、手は見せぬぞ――と來やがる。人參や牛蒡ぢやあるめえし、人間がさうポンポン切られてたまるか、てんで」
 八五郎はツイ自分の鼻を拳固で撫で上げて、日頃の武家嫌ひを一席辯ずるのです。
「わかつたよ。誰もお前を武家に取立てるとも何んとも言はないから安心しろ――ところでその武家が一向姿を見せないぢやないか。どうしたんだ」
「もう來る時分ですよ。昌平橋の袂で、――この邊に高名なる錢形平次殿の御住居があると承はつて參つたが、どの邊でござらう――と眞四角に挨拶されて、危ふく吹き出すところでしたよ。高名なる錢形平次殿は嬉しいぢやありませんか」
「馬鹿野郎、丁寧にモノを言はれて何が可笑しいんだ」
「道は大通りを教へましたがね、あつしは拔け裏傳ひに來たから、曲りくねつてもう二三度道を訊いてゐるうちに請合晝頃になる」
「呆れた野郎だ――おや、さう言へばお客樣ぢやないか。お靜が取次に出たやうだ。お前はその顎を引つ込めろ。見付かると面白くねエ」
 八五郎は顏を引つ込めました。それと入れ違ひに、平次の女房のお靜に案内されて來たのは、五十年輩の恐ろしく尤もらしい武家でした。
「平次殿でござるか、拙者はお弓町の宇佐美直記樣用人正木吾平と申すものでござるが、以後御見知り置きを――」
 などと開き直ります。いかにも着實さうで、羊羹色の紋附と共に、何んの疑念も不平もなく、忠義一途に世に古りた姿です。
「これは/\、御挨拶で恐れ入ります。で私へ御用と仰つしやるのは?」
 平次は聊かたじろぎました。こんな人種は平次に取つても何よりの苦手です。
「他でもない、宇佐美家の浮沈に拘はる一大事。折入つてお願ひを申上げたいといふのは」
 正木吾平は語り進みました。
 宇佐美直記といふのは三千五百石の大身で、旗本とは言ひながら安祥以來の家柄、大公儀から格別の御會釋があり、當主は無役ではあるが、小大名ほどの暮しをしてをります。
 所領は下總、そこには小さいながら陣屋があり、東照權現――と神樣扱ひにされてゐる徳川家康から賜はつた所領永代安堵の御墨附は、何物にも換へ難い家寶になつてゐるのですが、その御墨附が昨夜盜賊のために盜み去られたといふのです。
「その上御孃樣のお信樣が、庭の向うから射た本矢に頬を縫はれて、大變な怪我をなさいました。殿には以つての外の御腹立ちで、曲者引つ捕へて成敗すると仰せられますが、その曲者の…

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