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ザボンの実る木のもとに
ザボンのみのるきのもとに
作品ID54832
著者室生 犀星
文字遣い新字旧仮名
底本 「日本の名随筆 別巻59 感動」 作品社
1996(平成8)年1月25日
入力者門田裕志
校正者仙酔ゑびす
公開 / 更新2013-01-12 / 2014-09-16
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 女の童に就いて。
 女の童に就いて私はいつも限りない愛しい心の立ち帰ることを感じます。
 女の童についておもひ出すことは大きな新緑のかたまりのやうなあたらしさであります。
 女の童といろいろな無邪気なものがたりなぞをして遊んだあとは、音楽会から帰つたあとのやうな優しいものを感じます。
 女の童は私どもの左の手が自然にその垂り髪を撫でるに都合のよい三尺から四尺の童をよろしとします。

 いつも遊び友達を離れてゐるやうな女の童に詩に見るやうなさびしい瞳を持つた子がをります。
 山の手あたりの日ぐれ時なぞに通りすがりに色白な女の童の、なにか知らひとりであそんでゐるのを見ます。非常に鮮かな美しさを感じます。それを生んだものがつくづく人間であることがふしぎに思はれます。
 女の童については美しい菓子をたべるやうな心で眺められるのであります。
 日曜の朝なぞは女の子らはよくうたを歌ひます。それが知らないよその子であつても日曜の午前らしいすがすがしい気分をあたへられます。
 ネルのきものを着る季節は女の子のいちばん匂ひのするときであります。
 二本の素足が冷たさうに涼しく見えます。それが新緑頃のしめつた土に浮いて見えます。

 ふぢ子はよい子でありました。晴れた春あさい日によく大学通りを一緒に散歩をしました。軒なみにつづいてゐる古本屋を一軒一軒素見して宗教物ばかりをあつめてゐたころで、中中よみたいものが見つからなかつたのです。
「なぜ買はないの。」
 しまひにふぢ子はこんなことを言ひました。
「あなたはいつもちやんとお坐りしてるのね。え、いつでもよお母さん。こんなにしてお机に向つてゐるわ。」
 ふぢ子は母親の前で私がいつも坐つて読んだり書いたりしてゐる真似をしました。

 ふぢ子は頸のほそい皮膚のよわい子でありました。その頸のほそいのがいかにも貴族的な香気をあたへました。
 ふぢ子はいたづらをしたものか母親から叱られて甘えるやうなこゑでええんええんと忍びなきをしてゐるのを私は机にもたれて永い間楽しみながら聴いてゐることがありました。艶つぽい柔らかな惨忍なやうな美しさが私をよく喜ばしめました。ひまなときは此の女の子の泣くのを楽しみにしてゐたが中中泣かない子でもありました。
 午後になると門のところまで出て彼女のかへるのを待つのでありました。彼女は学校からかへると私の室へ必ずいちどはきれいな顔を出しました。
「をぢさん唯今。」
 と言ひます。
「おかへり。おさらひをしたら動物園へ行こう。」
 それを彼女は子供らしく堪らなく喜んで一時間ばかりお復習をするのであります。

「うをのぞき」で彼女は甚だしく金魚を喜びます、あかい袖ひれを泳がしてゐるものを私は永い間眺めました。
 彼女はやはりどこまでも女性的な小さいものが好でありました。小鳥やモルモツトや兎がすきで虎はこはいと言つて…

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