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![]() せんみんがいせつ |
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作品ID | 54855 |
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著者 | 喜田 貞吉 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「賤民とは何か」 河出書房新社 2008(平成20)年3月30日 |
初出 | 「日本風俗史講座」1928(昭和3)年10月 |
入力者 | 川山隆 |
校正者 | 門田裕志 |
公開 / 更新 | 2013-03-08 / 2014-09-16 |
長さの目安 | 約 129 ページ(500字/頁で計算) |
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1 緒言
「賤民」の研究は我が民衆史上、風俗史上、最も重要なる地位を占むるものの一つとして、今日の社会問題を観察する上にとっても、参考となすべきものが少くない。しかしながらその及ぶ範囲はすこぶる広汎に渉り、予が従来学界に発表したるものの如きは、いずれもこれが一部分の研究たるに過ぎず、しかもなお未だ研究されずして遺されたものまたすこぶる多く、今これを全般に渉って記述せんことは、到底この講座の容さるべきところではない。よってその詳述は、従来既に発表し、もしくは将来発表すべき部分的の諸研究に譲って、ここにはただ、かつて或る融和事業団体において講演せる草案をもととして、その足らざるを補い、なるべく広く多方面に渉って、その沿革を概説するに止めんとする。
まず第一に述ぶべきことは、いわゆる「賤民」の定義である。言うまでもなく「賤」は「良」に対するの称呼で、もし一般民衆を良賤の二つに分つとすれば、いわゆる良民以外は皆ことごとく賤民であるべき筈である。しかしながら、何を以てその境界とするかについては、時代によってもとより一様ではない。大宝令には五色の賤民の名目が掲げられて、良民との関係がかれこれ規定せられているが、それはその当時における国家の認めたところであって、事実はその以外に、なお賤民と目さるべき民衆が多かった筈である。またその法文は、実際上後世までも有効であった訳ではなく、ことに平安朝中頃以後には、大宝令にいわゆる賤民中の或る者が、その名称そのままに社会の上流にのぼり、かえって貴族的の地位を獲得したというようなこともあれば、従来良民として認められていた筈のものが、その名称そのままで社会のドン底に沈められ、賤者の待遇をしいられたようなこともある。また一旦落伍して世の賤しとする職業に従事し、賤者の待遇を受けていた程のものでも、後にはそれがその職業のままに、社会から一向賤しまれなくなったという類のものも少くない。したがって古今を一貫して、良賤の系統を区別して観察することは到底不可能である。要はただその当時の社会の見るところ、普通民の地位以下に置かれたものを「賤民」の範囲に収めるよりほかはない。普通民はすなわち良民で、平民である。平民以上のものはすなわち貴族で、それはもちろん今の問題外である。さればこの講座においては、貴族平民以外のものをすべて「いわゆる賤民」として、以下これを概説することとする。
2 良民とは何ぞや
いわゆる賤民の範囲を観察せんには、まずもってその対象たるべき良民の性質を観察することを必要とする。
大化の改新は従来の階級的社会組織を打破して、すべての民衆を同等の地位に置いたものの如く普通に考えられている。しかしながら事実は必ずしも然らず、従来部曲等の名を以て貴族の私民となり、半自由民の地位にあったものを解放して、公民すなわち「百姓」となしたに止ま…