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曲れる者
まがれるもの
作品ID54911
原題THE CROOKED MAN
著者ドイル アーサー・コナン
翻訳者大久保 ゆう / 三上 於菟吉
文字遣い新字新仮名
入力者大久保ゆう
校正者
公開 / 更新2012-04-05 / 2014-09-16
長さの目安約 30 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 ある日の夜、結婚して数ヶ月後のことだ。私は暖炉のそばに座りながら、寝る前の一服をくわえたまま小説を手にうとうとしていた。日中の仕事でずっと疲れ通しだったのだ。妻はとうに上へ退いており、さきほど玄関の戸締まりの音があったから、召使いたちも下がっていよう。私は椅子から立ち上がり、パイプの灰を叩き落とす。と、ふと呼び鈴の音が聞こえてきた。
 時計を見た。一二時一五分前。こんな遅い時刻であるからただの客ではない。どうやら患者か、一晩付きっきりかもしれぬ。しかめ面で玄関へ出て戸を開ける。すると驚いたことに、戸口に立つのはシャーロック・ホームズではないか。
「よかった、ワトソン。」と我が友人は言う。「まだこの時間なら捕まるかと思って。」
「なんだ君か。さあなかへ。」
「驚いたようだが無理もない! 同時に安堵もしたね? ほお! まだアルカディア・ミクスチュアを吸っているのか。君は独身の時からそうだな! その上着のふわりとした灰で一目瞭然。君が軍服の着慣れた男だとも容易に言える。ワトソン、君が純血の文民と見られることはまずなかろうよ、袖口にハンカチを入れて歩く癖を続ける限りはね。今晩、置いてもらってもいいかな?」
「喜んで。」
「独り者用の部屋が君のところにあるという話だったが、今厄介になっている人物はないようだ。この帽子掛けの様子では。」
「だからぜひとも泊まっていってくれ。」
「ありがとう。では、空いてる帽子掛けをひとつふさごう。気の毒に、英国の職人を近頃なかへ入れたね。よくない兆しだ。配水管ではなかろうね?」
[#挿絵]
「ああ、ガス管だよ。」
「おや! 靴の爪痕をふたつも床に残していったか、明かりの届く範囲だけでも。いや結構、食事ならウォータルーで済ませてきた。それより、君とパイプを一服というなら喜んで。」
 私は煙草入れを友人に手渡し、また友人は私の向かいに腰を下ろして、しばらく無言のまま煙を吹かしていた。こんな時刻に訪ねてきたのは重大な事件があるからにほかならないと承知していたから、自分から触れてくれるまでじっと待っていた。
「この頃は割に仕事が忙しそうだね。」と、友人は私の方へ鋭い視線を向けてくる。
「ああ、日中は働きづめだ、君の目からは馬鹿馬鹿しく見えるだろうが。」と答え、それから、「それにしても今のは素晴らしい演繹だ。」
 ホームズはひとりほくそ笑む。
「僕は君の癖を知っている点で有利なのだよ、ワトソンくん。回診が短いとき君は歩き、長くなればハンソム馬車を使う。君の靴は履きつめているのに汚れがまったくないとすれば、ハンソムの使用を認めねばならぬほど今は忙しいに相違ない。」
「お見事!」と私が声を張り上げると、
「初歩だよ。」と友人は言う。「今のはほんの一例だが、推理の結果がそばにいる者にとって目を見はるようになるのは、その者が演繹の基点となるささいな一点…

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