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深山の秋
しんざんのあき
作品ID55003
著者小川 未明
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 11」 講談社
1977(昭和52)年9月10日
初出「真理」1935(昭和10)年12月
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者酒井裕二
公開 / 更新2016-10-24 / 2016-09-09
長さの目安約 10 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 秋も末のことでありました。年老ったさるが岩の上にうずくまって、ぼんやりと空をながめていました。なにかしらん心に悲しいものを感じたからでありましょう。夏のころは、あのようにいきいきとしていた木の葉が、もうみんな枯れかかっていて、やがては、自分たちの身の上にもやってくるであろう、永い眠りを考えたのかもしれない。たとえ、はっきりと頭に考えなくとも、一時にせよ、その予感に囚えられたのかもしれない。いつになく、遠い静かな気持ちで、彼は、雲のゆくのをじっと見守っていました。
 夕日は、重なり合った、高い山のかなたに沈んだのであります。さんらんとして、百花の咲き乱れている、そして、いつも平和な楽土が、そこにはあるもののごとく思われました。いましも、サフランの花びらのように、また石竹の花のように、美しく散った雲を見ながら、哀れな老いざるは、しかし、自分の小さな頭の働きより以上のことは考えることができませんでした。
「あの先にいくのは、山にすんでいるおおかみくんに似ているな。そういえば、つぎにいくのは、あの大きいくまくんか、その後から、旗を持っていくのは、いつか森であったきつねくんによく似ている。」
 そう思って、雲の姿をながめていると、自分の知るかぎりの山にすむ獣物も、小鳥も、みんな空の雲の一つ一つに見ることができるのでありました。それらは、楽しく、仲よくして、神さまの前に遊んでいました。
 彼は、この不思議な有り様を、岩の上でじっと見上げていました。
「ああわかった。私も年を老ったから、せめて達者のうちに、一度、みんなとこうして遊んでみよと、神さまがおっしゃるにちがいない。」
 こう思いつくと、老いざるは、悲しそうに一声高く、友だちを呼び集めるべく、空に向かって叫んだのです。
 いつしか、空の雲は、どこへか姿を消してしまいました。もし、気がつかなかったら、永遠に知られずにしまったような、それは、はかない天の暗示でありました。
 老いざるの叫び声をききつけて、すぐにやってきたのは、近くのくるみの木に上っていたりすであります。
「どうしたのですか、さるさん、なにか変わったことでも起こったのですか?」と、ききました。
 この年老ったさるは、この近傍の山や、森にすむ、獣物や、鳥たちから尊敬されていました。それは、この山の生活に対して、多くの経験を持っていたためです。
 老いざるは、まず、りすに向かって、いましがた見た雲の教訓を物語りました。
「それは、すてきだった。みんな集まって、雪の降らないうちに仲よく遊んだらいいと神さまはおっしゃるのだ。」と、老いざるは、諭すようにいいました。
「ほんとうに、いいことですが、平常私たちをばかにしているくまや、おおかみさんが、なんといいますかしらん。」と、りすは、小さな頭を傾けました。
「私が、いまここで見た、雲の話をすれば、いやとはいわない…

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