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花の咲く前
はなのさくまえ
作品ID55004
著者小川 未明
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 11」 講談社
1977(昭和52)年9月10日
初出「お話の木」1937(昭和12)年5月
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者酒井裕二
公開 / 更新2017-01-31 / 2016-12-09
長さの目安約 14 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



 赤い牛乳屋の車が、ガラ、ガラと家の前を走っていきました。幸吉は、春の日の光を浴びた、その鮮やかな赤い色が、いま塗りたてたばかりのような気がしました。それから、もう一つ気のついたことは、この車がいってしまってからまもなく、カチ、カチという拍子木の音がきこえたことです。昨日もそうであったし、一昨日もそうであったような気がするのです。
「不思議だなあ、牛乳屋の車と、紙芝居のおじさんと、どうして、いつもいっしょにくるのだろうな。」と、ブリキ屋の店から、外を見ていた幸吉は、思ったのでした。
 紙芝居は、今日も、赤トラのつづきをやるにきまっています。赤トラの話は、なかなか長編なんでした。おじさんはじめ、子供たちは、みんな赤トラを悪いねこだといっていましたけれど、幸吉は、心の中で赤トラに同情していました。なぜなら、もとをいえば人間が悪いからです。三びきの子を産むと、一ぴきは、近所の子供が追いかけて、どぶの中へ落としたし、一ぴきは、だれかが連れていってしまったし、もう一ぴきは、車に足をひかれたので、母ねこは、そのたびに悲しんで気が狂いそうになり、ついに仕返しをしようと決心するようになりました。赤トラは人の家へ入り込んで、はじめのうちは、金魚をとったり、カナリヤを食べたり、お膳についているお魚をさらったりしたくらいのものですが、だんだんいたずらが募って、赤ん坊をひっかいたり、お嬢さんの手提を失くしたり、取り返しのつかないことをするようになりました。しまいには、「赤トラ」と、きくと、みんなが震えあがるようになりました。
 中には、槍や、鉄砲を用意しておいて、きたら退治してやろうと待ちかまえているものもありましたが、神通力を得ました赤トラは、なかなか人間の目には入りませんでした。
 いつ忍び込んできて、いつそんないたずらをするかわからないので、まったく悪魔のしわざとしか思われなくなりました。町の人たちは、夜になると心配でろくろく安眠はできなかったのです。
 ここにK技師という、若い発明家があって、赤トラの話をきくと、たいそう腹を立てました。
「世間を騒がせる悪いねこだ。いかほどの神通力があるにせよ、科学の力にはかなうまい。私が退治してやろう。」と、電気を応用して、いよいよ、赤トラと勝負を決することになったのです。
 ここまでは、幸吉が見た、話のあらましでありました。
「きょうは、どうなるだろうか?」
 彼は家にじっとしていられませんでした。ちょうど叔父さんが、店にいなかったので、幸吉は、酒屋の前の空き地の方へ走っていきました。



 子供たちは、空き地に積んである砂利の上へ登ったり、空き箱の上にすわったりして、紙芝居のおじさんを取り巻いていました。自転車の上の小さな箱の舞台の中には、見覚えのある赤トラの絵が出ていました。七、八人も子供があめを買わなければ、おじさんは、…

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