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風雨の晩の小僧さん
ふううのばんのこぞうさん
作品ID55005
著者小川 未明
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 11」 講談社
1977(昭和52)年9月10日
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者酒井裕二
公開 / 更新2017-06-07 / 2017-05-29
長さの目安約 11 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 都会のあるくつ店へ、奉公にきている信吉は、まだ半年とたたないので、なにかにつけて田舎のことが思い出されるのです。
「もう雪が降ったろうな。家にいれば、いま時分炉辺にすわって、弟や妹たちとくりを焼いて食べるのだが。」
 そう思うと、しきりに帰りたくなるのであります。けれど、出発のさいに、
「信吉や、体を大事にして、よく辛棒をするのだよ。」と、目に涙を浮かべていった母親の言葉を思い出し、また、同時に、
「どうせ一度は世の中へ出なければならぬのだ。どこへいっても家にいるようなわけにはいかぬ。奉公が辛いなどといって、帰ってきてはならぬぞ。」と、父親のいったことを思い出すと、いかに恋しくても帰られはしないという気がしました。
 そうかと思うと、白髪の祖母の顔が、眼前に見えて、
「信や、いつでも帰ってこいよ。おまえには家があるのだから、ひどくしかられたり、辛棒ができなかったり、また病気にでもかかったなら、いつでもお暇をもらってくるがいい。そのときは、そのときで、田舎に奉公口のないではなし。」と、祖母は、いったのでした。
 彼が、故郷のことを思い出すと、まずこのやさしい祖母の姿が浮かんだのです。
「あんないいおばあさんに、僕はよく悪口をいって、まことにすまなかった。」と、信吉は、後悔するのでした。
 彼は、なにかいい口実が見つかったら、田舎へお暇をもらって帰りたいと思いました。奉公が辛いなどといったら、きっと厳しい父親のことだからしかるであろう。けれど、病気であったなら、母も、祖母も、かならず口をそろえて、「おおかわいそうに。」といって、帰った自分を慰めてくれるにちがいない。彼は、故郷を慕うのあまり、病気になればとさえ考えていたのでした。
 このごろの寒さに、彼は、かぜをひいたのです。すると、そのことを田舎へ手紙で知らせてやりました。しかし、もとよりたいしたこともなかったので、すぐなおってしまいました。この店の主人は、やはり小僧から今の身代に仕上げた人だけあって、奉公人に対しても同情が深かったのでした。信吉が病気にかかると、さっそく医者に見せてくれました。そして、やがて、床から起きられるようになると、彼に向かって、
「早くなおってよかった。これからもあることだが、すこしぐらいのことを田舎へいってやってはならない。どのみち、親たちに心配をかけるのは、よくないことだからな。こうして、家を出たからには、何事も自分のことは、自分の力でするという決心が肝要なのだ。そして、親に心配をかけるのが、なによりも不孝であると知らなければならない。」と、主人は、諭すように、いったのでした。これを聞いたときに、信吉は、いままでの自分の意気地なしが、真に恥ずかしくなりました。
「ああ、こんなもののわかった主人を持ちながら、それを幸福と思わずに、いつまでも田舎を恋しがったり、ちょっとした病気でも知…

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