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果物屋の広告文
くだものやのこうこくぶん |
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作品ID | 55027 |
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著者 | 仲村 渠 Ⓦ |
文字遣い | 新字旧仮名 |
底本 |
「沖縄文学全集 第1巻 詩Ⅰ」 国書刊行会 1991(平成3)年6月6日 |
入力者 | 坂本真一 |
校正者 | 良本典代 |
公開 / 更新 | 2017-06-12 / 2017-04-03 |
長さの目安 | 約 2 ページ(500字/頁で計算) |
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今晩は、みなさん。
とりわけ果実をお好きな御婦人がたに申し上げるのでございます。
手前のからだは今夜果物店をひろげたのでございます。この真夜中に瓦斯燈ひとつ点けずとも はい この通り手前どもの果実は艶艶と光沢がよいのでございます。
さあさあ、なんなりと一ツ、
このすばらしい朱欒の出来はどうでございます。この頸かざりにした紫真珠。葡萄はいかがでございます。
雪国のお方様にはこのまだほてつてゐるバナナの房がよろしうございます。
南の方のおかたにはこの涼しい一顆の梨をさしあげるでございませう。
特に故郷を恋しがつてゐらつしやるお方にはここに蒸立ての栗も用意してございます。
大輪の柘榴も割れたばかり夜露に濡れて笑つてゐるのでございます。
はい。これはパパヤで。御覧の通りもぎたてで。したゝるお乳はまるで蝋涙のやうでございます。はい。このお乳で酋長のひとり娘はお湯を使ふのださうでございます。
はいはい。椰子の実もありますでございます。おさといお方には猿の臭ひが致しますのは致し方がないのでございます。
暑がりのお方さまはこの水瓜の湯槽におつむをおひたしになればよろしうございます。
一口で喉のおかわきを癒すお方にはこのよく熟れた柿の実はいかゞでございませう。はい 仰せのとほり 氷嚢につゝんだ生血のやうでございます。
はいはい御尤もさまで。それではこの生毛のはへた水蜜桃はいかゞでございませう。はい。その青いところが丁度よろしいのでございます。
ここにネーブルスミカンもございます。まだチレニヤ海の潮風がついてすつぱい この凜々しい舌ざわりがよろしいのでございます。
はいはい。たしかに龍眼もございました。支那風な御容子ではこの方がよろしいので。はいお眼をおつむりになり 舌の上におのせになつて一口に吸ふものなのでございます。
すべて手前どもの果物は決して皮をむく必要がないのでございます。
手前どもの果物はお買上げと同時にお召し上りにならないと すぐにくさつて了ふのが特徴なのでございます。
さあさあ 何なりとひとつ
今夜 手前のからだが果物屋をひろげたのでございます。
さあさあ この磨きのきいた林檎の一顆から買つて頂きたいのでございます。
さあさあ 冷めたい前歯でかつぷりと はい 腫れもののやうにうづくトマトでございます。