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すらんらん集
すらんらんしゅう |
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作品ID | 55041 |
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著者 | 仲村 渠 Ⓦ |
文字遣い | 新字旧仮名 |
底本 |
「沖縄文学全集 第1巻 詩Ⅰ」 国書刊行会 1991(平成3)年6月6日 |
入力者 | 坂本真一 |
校正者 | 良本典代 |
公開 / 更新 | 2017-11-09 / 2017-10-25 |
長さの目安 | 約 5 ページ(500字/頁で計算) |
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晴天
煙突を眺めるのが好きなひとがゐた。
天気がよいと煙突ばかりを数へてチヨオクでいたづらしながら歩いてゐるとたいへん楽しかつた。又煙突に裂かれる気流のぐあひや、獰猛な煤煙とその方向。及び煙突と煙突との空間が造形ある膨大不可思議な図面。又、飛び去りゆく飛行機の残す空中水脈が人間の眼球神経及び光彩矢条に波及する微妙なる反応。なほ、都市乾燥空気の大圧力と火災報知機の弾力性ボタン間に於けるキン急な相互関係。実に、これらに於ける一大綜合的法則を偶然にも発見するに至つた。試みにこの法則を青色方眼紙上に表はしてみるのに、精緻にして一糸乱れぬ、実に鮮明をきはめたものであつた。
手紙
職業はあつた。
ビラ撒きにやとはれた。
飛行機は雲よりかるかつた。
雲にはいると雲又雲のほかなにもなかつた。
雲を出ると入日がさして街が見えた。
ビラ撒くまへに糞を垂れたら街がさつと傾いた。
たいへんびつくりした。
きらきら落ちる糞が美しかつた。
橋
橋のなかほどまでついてゆくと。
ここをさわつてごらんなさい!
こわごわ手をあげてさはつてみれば、彼女のもみあげから頬にかけて、やはらかいうぶげがしつとり霧にぬれて光つてゐた。ぼくはてのひらをあてたまゝ、橋のさきにある交番の赤い火がほオツと、霧のなかでともつてゐたのをおぼえてゐる。
次の晩、おなじ橋のなかほどまで行つて僕のほうから立ちどまる
と。晴夜でせう?
ふりむいた彼女はさう云つて、づるさうな笑顔に星ある空を指さしてゐるのであつた。
霧のおりる階段
階段ていつものだね。
そんなことを話しながら下りていつて、又あがつてゆくうちに、さて山之手線でどの駅がいちばんよい階段を持つてるだらうかと云ふことになつた。
展望の利くばかに高い歩廊もいゝな。
地下鉄道の口みたいな階段もよいぞ。
それから二人は急行列車の止らぬやうな小駅のこと。霧のおりた、ひろい広場に出る階段はマアブルでなくても高貴であつた。しかしみすぼらしい階段もそれぞれの変つたおもむきを有してゐること。つまらん階段が日日、多量に街の生活を出したり入れたりすることや短いステツプは気が急いて、又長いステツプはばからしいことであつた。
格好だけでもたいへん面白いが。階段はへんに人生的意義を持つてるらしいぞ。
お濠を越して街の灯が霧のなかで美しく、しじゆう僕らの眼の前について廻つた。
たいへん声高にはなしたが、この堤の公園を散歩する人は他に見あたらなかつたから、密行する巡査をのぞいては誰れも知らぬだらうと思ふ。
さようなら。
ああ、さようなら。
長い階段を下りきつたところで二人は右と左に別れていつた。
街と森
地平線のさきのちひさな森で待つた。
恋人はこなかつた。
月がちひさくなつた。
怒つて帰つたら。誰れか追つかけてきた。
どんどん帰つても追つてきた。しかたがないから駆けながら肩越しに…