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三の酉
さんのとり |
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作品ID | 55043 |
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著者 | 久保田 万太郎 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「春泥・三の酉」 講談社文芸文庫、講談社 2002(平成14)年8月10日 |
初出 | 「中央公論」中央公論社、1956(昭和31)年1月 |
入力者 | kompass |
校正者 | 門田裕志 |
公開 / 更新 | 2014-01-06 / 2014-09-16 |
長さの目安 | 約 20 ページ(500字/頁で計算) |
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一
――おい、この間、三の酉へ行ったろう? ……
ズケリといって、ぼくは、おさわの顔をみたのである。
――えゝ、行ったわ。……どうして? ……
と、おさわは、大きな目を、くるッとさせた。
――しかも、白昼、イケしゃァ/\と、男と一しょに、よ……
と、ぼくは、カセをかけた。
――あら、よく知ってるわね。
と、そのくるッとさせた目を、正直にそのまゝ、
――おかしいわ。
と、改めて、ぼくのほうにうつした。
――ちッともおかしかァない。……おかしいのはそッちだ……
――みたの、あなた、どッかで? ……
――そうだろうナ、多分……
――わるいことはできないッて、ほんとね。……けど、どこで……どこをあるいてるのをみられたろう?
――それよりも、一たい、何※[#小書き片仮名ン、182-6]なんだ、あれ? ……
――あれッて?
――あの男さ。
――あゝ、あれ?
――顔よりも大きなマスクをかけて、さ。……そんなに、人めがはゞかられるなら、何も、昼日中、あの人ごみの中を、いゝ間のふりに、女を連れてあるかなくったっていゝじゃァないか?
――そうだわよ。……そう思ったわよ、あたしだって……
――それだったら、なぜ止させなかったんだ? ……ウスみッともない……
――だって、それほどの人じゃァないんですもの。
――それほどの人じゃァない?
――そうよ。
――それほどの人じゃァないのに、君は。……そんな男と、あゝして? ……
――えゝ、そうよ。……一人じゃァ寂しいから、ヒョイと出来ごゝろで誘ったら、すぐに附いて来たのよ、あの人……
と、おさわは、ケロリとしたもので
――あたし、戦争がすんだあとでも、まだ、ずッと、上州の田舎に疎開したまんまでいたこと、いつか、話したでしょう? ……その間でも、あたし、お酉さまだけは、毎年、欠さなかったのよ。
――ということは、毎年、わざ/\、そのために、上州の田舎から東京へでゝ来たってわけか?
――えゝ、そう……
――何んだって、また、そんなに信心なんだ、お酉さまが? ……
――信心じゃァないのよ、好きなのよ。
――好き?
――そうなのよ。……好きなのよ、お酉さまが、たゞ……
――だって、好きッてのは……
――おかしいでしょう? ……そうよ、おかしいわ、わけをいわなければ……
と、自分で、自分をうなずいてみせ
――あたしね。……じつは、これでも、吉原の生れなのよ。
――吉原の?
――知らなかったでしょう?
――初耳だ。
――だって、あたし、だれにも、めッたに、いわないんですもの、それを……
――どうして、さ?
――それをいうの、かなしいんですもの……
といって、そッと目を伏せるようにしたかと思うと
――ウ、フ、フヽヽ……
と、急に、おさわは、いかにもおかしそうに…