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非名誉教授の弁
ひめいよきょうじゅのべん
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「和辻哲郎全集 第二十巻」 岩波書店
1963(昭和38)年6月14日
初出「心」1952(昭和27)年10月
入力者岩澤秀紀
校正者植松健伍
公開 / 更新2019-03-01 / 2019-02-22
長さの目安約 12 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 わたくしは東京大学の名誉教授ではない。というよりも、わたくしには東京大学の名誉教授となる資格はないのである。しかるに近ごろわたくしは時々東京大学の名誉教授と間違えられる。間違えられたところで、それによってわたくしが何か利益を得るわけでもなければ、また間違えた人がそれによって何か損をするわけでもないのであるから、そんなことはどうでもよいことなのであるが、しかし事実と相違していることはちょっと気持ちの悪いものであるし、また人によると和辻はおのれの価しない「名誉」を不当に享受していると考えないものでもない。そういう誤解を受ければ、わたくしは名誉教授と間違えられることによって「名誉」を不当に享受するどころか、逆に不当な「不名誉」をうけることになる。暑さで仕事のできないのを幸いに、名誉教授にあらざるの弁を弄するゆえんである。
 まず初めに、なぜわたくしが名誉教授と間違えられるに至ったかを考えてみると、一般の世間のみでなく、大学と密接な関係を有する方面でも、大学の名誉教授がどういうものであるかをいっこう知らないように思われる。わたくしが最初名誉教授と間違えられたのは、昭和二十四年の三月に東京大学を定年で退職してから二月目か三月目のころである。そのころ吉田首相が文教審議会というものを発案し、それにわたくしも引き出されることになって、初めての会合に出席した。席上配られた謄写版刷りの名簿を見ると、わたくしの名に東京大学名誉教授という肩書きがついている。たといわたくしに名誉教授として推薦される資格があったとしても、その手続きには教授会とか評議会とかの審議がいるのであって、通例は退職してから半年以上も後に発令されるのである。退職してから二三か月で名誉教授になっているなどということは、通例はないことである。いわんやわたくしはその資格のないことを知りぬいているのであるから、この名簿が間違いであることは一目してわかった。しかしこの名簿を作成したのは、内閣審議室か文部省か、どちらかである。文部省なら大学のことをよく知っているはずであるから、こんな間違いはしないであろう。しかし内閣の方は、名誉教授の任命などを司どっている場所であるから、そういう辞令が出たかどうかを一層よく知っているはずである。どうもおかしい。この名簿はたぶんあまり名誉教授のことなどを知らない下僚が作ったのであろう。それにしても、内閣で作った文書にこういう間違いがあるのは困る。そう思っている時にちょうど隣の席へ、当時の増田官房長官がすわった。これは具合がいい。官房長官はこういう文書の責任者に相違ないから、早速訂正を申し込んでおこう。そう思いついてわたくしは、名簿のわたくしの名のところを官房長官の前で指さして、これは間違っています、わたくしは名誉教授ではないのです、と言った。ところがちょうどその時、官房長官は何かに気をとられ…

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