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喪服
もふく
作品ID55157
著者久生 十蘭
文字遣い新字新仮名
底本 「久生十蘭全集 Ⅱ」 三一書房
1970(昭和45)年1月31日
初出「文學界」1957(昭和32)年7月号
入力者門田裕志
校正者芝裕久
公開 / 更新2021-06-02 / 2021-05-27
長さの目安約 25 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

浜口治平
  静江  妻
  美紗  長女
  八穂  次女
秋元 博  浜口の秘書
かつ

横浜、磯子屏風ヶ浦の台地にある浜口の邸。

早春。――午前十時頃。

サン・ルームの広廊をひかえた古風な食堂。
晴れた寒い朝。蹲踞の水に薄氷が張っている。芝生の広い庭のむこうに早春の海。

静江と八穂、食卓について遅い朝食をしている。
八穂 コオフィ……(珈琲の茶碗をつきだす)
静江 三杯目よ……いいにしておきなさい……また眼がギョロギョロするでしょう。
八穂 (パアコレーターをひきよせて珈琲をつぐ)寒くて死にそうだ。脛のあたりがすうすうする。(かつに)かつや、もっと薪を入れて。
かつ はい。
八穂 じゃんじゃん燃やせ、威勢よく。
静江 そんなに寒いかしら。あなた、どうかしているのよ。
八穂 ママ、夜中に寒波が来たの知っている?……すごかったんだぜ、窓ガラスにいちめんに氷花がついて。
静江 (かつに)旦那さま、昨夜、いく時頃お帰りだった?
かつ 一時半でございました。
静江 なにか召しあがったの?
かつ 寒いとおっしゃって、ホット・ウィスキーを……
静江 調べものはなさらなかったのね。
かつ はい、すぐおやすみになりました。
静江 (八穂に)外資審議会、もうすんだのかしら。
八穂 (トースターにパンを入れながら)いままで起きてこないところを見ると、今日は休日よ……(かつに)美紗子さまは?
かつ お寝みになっていらっしゃいます。
八穂 まだ二日酔いのつづきか……ずいぶん飲んだからな。無理もないや。
静江 (たしなめるように)八穂さん。
八穂 (朗詠する)お姉えさま……いかなる恋に傷ついて……うち棄てられた岸のほとりで、あなたはお果てになりましたか……
(パンにバターをぬる)
静江 詩ですか。詩ならまたにしてちょうだい……まあ、そんなにバターを……
八穂 あたし肥りたいのよ、でくでくになるほど。
静江 それより肥ったら、ひとりで靴も穿けやしない。
八穂 どうせ、あたしはずんぐりむっくりよ。お姉さまのように、すらりしゃんとしちゃいませんから。バスト、九十五……いまさら減食をしたって、追いつくような体積ですか。
美紗、ピジャマにナイト・ガウンを羽織り、奥につづく扉口からブラリと食堂に入ってくる。
八穂 おめざめだ……(美紗に)ご気分はいかがですか。
美紗 (かつに)お水。(端のほうに掛けて食卓に頬杖をついている)
かつ 下部の鉱泉がございますが。
美紗 お水といったら、お水を持ってくれぁいいのよ。
静江 (水の入ったカラフを押してやる)いいだけ召しあがれ。コップじゃ、まだるっこしいでしょう。
美紗 カラフからグイ飲みするのね。
静江 お得意でしょう? 一昨日の晩なんか、見事なもんだったわ。
美紗 お祝いのパーティだというから、お義理をしたのよ。
静江 ジン・フィーズを六杯……

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