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母と子
ははとこ
作品ID55158
著者正宗 白鳥
文字遣い旧字旧仮名
底本 「正宗白鳥全集第六卷」 福武書店
1984(昭和59)年1月30日
初出「早稲田文学 第百二十八号」東京堂書店、1916(大正5)年7月1日
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者山村信一郎
公開 / 更新2015-01-03 / 2014-12-15
長さの目安約 10 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 封筒の中には長いお札が疊み込まれてあつた。それには××八幡宮玉串と大きな文字が刷られて、その傍に「辰の歳の男疳性平癒」と書いてあつた。
 何事を云つて來たのかと、案じながら手紙を開いたおたねは、お札を見るとくす/\獨り笑ひをした。お札の外に御供米が四五粒包まれてゐた。
 明ら樣に云つては夫が一口に迷信だとけなして生米なんか口に入れないだらうからと、おたねは御飯の中へそつと落して食べさせることにした。そして、知らずに食べてゐる夫の顏を見守つて、ひそかに面白がつてゐたが、やがて笑ひを忍びかねた。
「お國のお母さんが贈つて下すつたものをあなたは今召し上つたんですよ。」と、些つと揶揄氣味で云つた。
「何を?」
 良吉は訝しさうに膳の上を見入つたが、其處には故郷から來たらしい食物は一つもなかつた。甘つたるい菜つ葉の浸物に鹽鱒の燒いたのと、澤庵と辣薤とが珍しくもなく並んでゐるばかりだつた。で、妻が何を云つてゐやがるのかと、取り合ないで箸を動かしてゐたが、おたねは何時までも默つてはゐられなくて、お札と御供米の話をし出した。
「へえ、それは妙だね。」良吉は茶碗の喰ひ餘しの飯を見詰めながら、「××の八幡樣といふのは、おれもうろ覺えに覺えてるよ。馬鹿に石段の高いところだ……。しかし、胃病や肺病の御祈祷をしないで疳性の平癒を祈つたのは可笑しいぢやないか。」
「でもお母さんはいゝ人ですわね。早速あなたが頂いたつて御返事を出さなければ。」
 おたねは、お札と母の手紙とを夫に見せて、「此家には神棚があるのに何にも祭るものがなかつたのだから、このお札を貼つときませう。」
「こんなものが貼れるものか。」
 良吉はさう云ひながら、直ぐ前に見上げられる神棚へ目をつけた。其處には干物や福神漬や葡萄酒の空鑵などがごた/\と置かれてあつた。
「おれは小さい時には顏に青筋が出てゝ、酷い疳性で皆んなを手古摺らせたさうだよ。炒粉が思ふやうに茹らないと云つて泣き入つたまゝ氣絶して、一時は助らないと思はれたさうだ。だから母親は何時になつてもおれの疳性ばかり氣にしてゐるんだらう。」良吉はふと頭の頂點の禿を指して、「疳を癒すために漢法醫にハツボとかいふものをかけて貰つたゝめにこんなに禿げたのだ。」
「へえ、妙なことをするんですね。」おたねは禿よりも頭の眞中に白髮の多いのに初めて氣付いて、「白髮の生えるのもそのせゐか知らん。」と呟いた。
「それは別さ。」
 良吉は厭な氣持がした。頭に霜を戴き顏に皺の波をつくるのも程遠からぬやうに思はれて、一本の白髮を指摘されるのも無氣味であつた。が、
「もうおれも四十になりかゝつてるんだからね。」と事もなげに笑つて、「おれが四十になるといふのは自分に取つちや夢見たやうな話さ。三十過ぎた男をお爺さん見たいに思つたこともあつたのにね。」
「お母さんは幾つでせう。髮は些とも白くはないぢ…

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