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孫だち
まごだち
作品ID55160
著者正宗 白鳥
文字遣い旧字旧仮名
底本 「正宗白鳥全集第六卷」 福武書店
1984(昭和59)年1月30日
初出「婦人公論 第一年第五号」中央公論社、1916(大正5)年5月1日
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者山村信一郎
公開 / 更新2014-07-23 / 2014-09-16
長さの目安約 15 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 大至急話したいことがあるから、都合のつき次第早く來て下さいといふ母方の祖母さんの手紙を見ると、お梅はどんな大事件かと、夕餐の仕度を下女に任せて、大急ぎで俥に乘つて、牛込から芝の西久保まで驅け付けた。潛り戸を入つて敷石傳ひに玄關へ行くまで、耳を澄ましたが、家の中は何時ものやうにひつそりしてゐた。
 一聲案内を乞うたが、誰れも出て來ないので、お梅は遠慮なしに上つて、客間を通つて茶の間へ入ると、其處には祖母が只一人、長火鉢に手を翳してぼんやりしてゐた。
「まあ早く來てお呉れだつたね。」と云ふが早いか、祖母は大きな目に一杯涙を浮べた。
「祖母さんどうしましたの。」お梅は訝しげに祖母の顏を見詰めた。凜としたその顏も會ふたびに萎れて來るやうに思はれて痛々しくなつた。
「雪のことでお前困ることが出來たのだよ。知つての通り、私の方では用心の上にも用心して、間違ひのないやうにしてゐたのに、私も今度といふ今度こそ自慢の角を折られたよ。」
「へえ。雪ちやんがどうしましたの。」
「この一月から勝手に家を出てゐるんでね。そんな不量見な女はどうならうと私も構はないと先日きつぱり言ひ切つて來たのだけれど、折角丹精して育てたものが、今一時といふ間際になつて、こんな不面目なことになつちや、口惜しくつて仕樣がないのさ。」
 祖母は涙を零しながらも、落着いた言葉で、一伍一什を話した……孫の雪子は學校通ひの途中で出會つてゐたある若い會社員に誘惑されて、今ではその家へ寢泊りしてゐるといふことだつた。先方からは正式に嫁に貰ひたいと云つて來てゐるし、萬更見込みのない男でもなささうだから、出來たことは仕方がないとして、祖母自身が責任を負つて綺麗に片付けようとも思つてゐるのだけれど、福岡にゐる雪子の實父がどうしても承知しないので途方に暮れてゐるといふことだつた。
「何だか信じられないやうですわね。雪ちやんにそんな事があるんでせうか。」
「男の方で騙さうとしてかゝるとどんなことでもするらしいから、油斷も隙もありやしないよ。」
「本當に怖う御座んすわね。」
 世間馴れぬお梅はこんな六ヶ敷事件の後仕末について、祖母から相談を掛けられるのを恐れてゐた。三人の孫を手一つで育てゝゐる祖母の日頃の苦勞を思ふと、雪子は何といふ不心得な不孝な女だらうと、一圖に憎々しくなつた。
「福岡の方では今度のことを言ひがゝりにして、だから老人に子供を任せては置けない、三人とも此方へ寄越せと酷しく云つて來るんだらう。昨日も村上の主人が來て、私にも孫と一緒に福岡へ行くか、たつて行きたくないと云ふのなら、私だけ此方で隱居して皆んなを向うへやれと、人情も義理もないことを云ふのだよ。私は忌々しくなつて、子供達を連れて行きたければ連れて行くがいゝ。子供達には私の心が通じてゐるんだから、よもや私を棄てゝ父親の所へ行きやすまいと言ひ切つたのさ。お國の…

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