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墓場
はかば
作品ID55163
著者西尾 正
文字遣い新字新仮名
底本 「西尾正探偵小説選Ⅱ」 論創社
2007(平成19)年3月20日
初出「真珠」探偵公論社、1947(昭和22)年11・12月合併号
入力者匿名
校正者菊池真
公開 / 更新2012-08-20 / 2014-09-16
長さの目安約 21 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 終戦後の今日、思い出されるのは、わが友アレックス・ペンダア君のことである。
 ペンダア君は今度の欧洲戦争であわてて帰国したイギリス人の一人である。白髪あからがおの、一見初老の紳士で、仕事はなにもしていないらしく、毎日海岸を小犬をつれて散歩していた。その頃はちょうど日華事変の最中でもあるし、スパイではないかとか、亡命中の悪漢ではないかとか、いろいろ憶測をめぐらすものもあったけれど、古ぼけたハンチングにつぎのあたったスウエタア、穴のあいた白ズックの短靴など、外国人にしては、服装も至極貧相であった。日本へ来た動機などをたずねると、
「問われるを欲しない理由で」
 こういってあとはボカしてしまうのである。
 細君だといって紹介された女は、ペンダア君にくらべると不釣り合いに若く、いつも赤いジャケツを着て砂丘の上で日向ボッコをしながら、その頃はもう丸善へ行っても手に入りそうもない米英の娯楽雑誌を読んでいる。それがいつも同じ雑誌だからおかしい。
 ある秋の日曜日のこと、自転車の掃除をしていると、めずらしく犬をつれないペンダア君がやって来て、これからどこか名所旧蹟へ案内してくれという。
 僕はその頃ちょうど三浦半島めぐりをしたいと思っていたので、少し遠いけれどどうかと提案してみた。
 すると、「ミウラ、ハントオ、オオ、ワンダフル!」と来た。それからちょっと声を落として、
「自動車代が、よほどかかるのでしょう。あいにく今もちあわせがないが」と、いった。
「われわれは、バスで行く。往復二円だ」
 もちあわせがないなら取って来るまで待っていようという顔つきをして、僕はいった。
「二円! バスにしてはたかい!」
 ペンダア君はあくまでロハで行くつもりらしく、たまたま僕が自転車掃除をしているのを見て、
「では、サイクル・ハイキングと行きましょう。わたくし、古い方のを拝借します」
 サイクル・ハイキングも結構だけれど、何しろバスで一時間余、それも平坦な道ならともかく、でこぼこの山道を残暑のきびしい炎天下を、自転車で行くのは、――まあ僕は遠乗りには馴れているが、ペンダア君は前にもいうとおり白髪あたまの、もうそろそろ初老の域に入る年齢だしするのでゴルフはいかに僕より強くとも、馴れない自転車では中途でへばるにはきまっているのだ。
「自転車では無理だと思う」
「無理? いや大丈夫、この通り!」
 ペンダア君は手でハンドルを握り、両脚はばたばたさせて、紅毛人特有の無邪気なハリキリぶりを見せた。僕は微笑した。
      ×    ×    ×
 僕が三浦半島に興味をもったというのは、その頃例の油壺の海底から、昔の軍船がつかっていたらしい巨錨が、一人の漁夫によって引きあげられたという新聞記事を読んだからであった。三浦道寸父子の沈没船の錨か、北条勢の軍船の錨か、とまれ数百年の歴史の謎を秘めているこ…

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