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沖縄帰郷始末記
おきなわききょうしまつき
作品ID55172
著者山之口 貘
文字遣い新字新仮名
底本 「山之口貘詩文集」 講談社文芸文庫、講談社
1999(平成11)年5月10日
初出「産経新聞」1959(昭和34)年2月27日
入力者kompass
校正者門田裕志
公開 / 更新2014-01-18 / 2014-09-16
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 三十五年ぶりで郷里に帰り、ついこのごろになって帰京した。
 沖縄での滞在期間一ヵ月に限られているところの岸信介大臣の証明する身分証明を懐にして行ったのであるが、沖縄へ行ってみると、色々の事情が次から次へとできて、さらに現地での滞在を一ヵ月のばしてもらって満二ヵ月を過し、往復ともに一ヵ月半ほどで東京に舞い戻ったわけである。
 三十五年ぶりに郷里へ帰るとはいっても、なにもその三十五年ぶりを、ぼく自身が特に強調したのではなかったのであるが、何年ぶりの帰郷なのかと相手にきかれるので、そのように答えたまでのことなのであった。しかし、沖縄が、現代の国際情勢のもとで、世界の注目するところのものであることから、沖縄出身のぼくのことまでが、自然周囲のうわさにのぼったにちがいない。それに、貧乏詩人だということまでが手伝ってのこともあって、盛大な歓送会があったり、餞別にしては世間をびっくりさせた程のものをいただいたり、おまけに、新聞、雑誌の上でも騒がれたのである。こんなことが、沖縄の現地にも強く響きわたったのかも知れない。
 那覇の泊港に船が横づけになったとき、岸壁の群衆は大きな幟までおし立てて迎えてくれたものである。紺地に白で「バクさんおいで」と大書されたもので、中学のころの旧友がすでに白髪の頭をして、その幟を両手でかかえているのである。三十五年ぶりとはいえ、錦を着て帰ったのでもないのにと、ぼくはおもわないではいられなかったのであるが、貧乏詩人の、その貧乏が、ぼくの錦ではないのかとおもいなおし、感激をあらたにした次第なのであった。
 東京をたつ前に、ある雑誌と二、三の新聞の原稿をたのまれていたのであるが、どれ一つとして現地でそれを書くことができなかった。なかでも、ある新聞からは第一信をと念をおされたのであったが、義理をはたすことができず、従って、外のも不義理の結果になってしまったのである。帰るころになって次第にそのことが気になり、一信だけでも、船のなかで書かねばなるまいとおもい、それを大阪に着いてから、速達で送ってぼくの帰京より一足でも先に東京の新聞社に間に合わせるつもりでいたところ、どういうものかひどくペンが重たくて、それもついに全うすることができず、帰りを急ぎながらも、そのために三晩を大阪の旅館でぐずついてしまったのである。ところが書けないとなると書けないもので、ついにそのまま東京に帰りついたのである。
 だが、真先に、女房とこどもからの抗議なのである。旅行先から、一枚のはがきさえ便りも寄越さなかったからなのである。なにしろ、述べたように、頼まれた原稿など、何一つとして一行さえも書けないで、鬱々とつづいているところなので、一枚のはがきのことから、つい妙なことになってしまった。
 女房は顔を赤くして怒り、「よっぽど、捜索願を警察に突き出してやろうかとおもった」と向うむきのま…

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