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思想議会たるを知れ
しそうぎかいたるをしれ |
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作品ID | 55283 |
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著者 | 戸坂 潤 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「戸坂潤全集 別巻」 勁草書房 1979(昭和54)年11月20日 |
初出 | 「中央公論」1937(昭和12)年2月号 |
入力者 | 矢野正人 |
校正者 | Juki |
公開 / 更新 | 2012-08-10 / 2014-09-16 |
長さの目安 | 約 5 ページ(500字/頁で計算) |
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第七十議会の問題となるべきものは数限りがない。元来ならば議会では議員側から積極的な法案が続々提出されて然るべきものだ。特に無産政党にとっては各種社会立法の提案に事は欠かない筈である。日本の政府程社会政策に就いて量質ともに無関心なものはないからである。従来の傾向から見ると各種社会立法は必ず政府案として、又は政府案にひき直されて、提出されるのを常とする。その結果社会立法は名目上社会立法でも、実質は寧ろ民衆抑制の立法である場合の方が多いということになる。それで、無産政党は先手を打って、独自の立法案を具体化して肉迫しなければならない筈なのである。
だが最近の議会の事情は必ずしもそういう余裕を与えていないようだ。政府は社会政策上の予算などを考慮する余地のない程の、国防中心予算を編成して、議会に臨んでいる。議会は社会政策的予算の要求どころではない、いかにして国防費過大の予算案に対して太刀打ちすべきかという点に、腐心せざるを得ないような次第だ。この点から云うと、今度の議会は全く、対政府防衛の議会であって対政府嚮導の議会ではない。
国防費が如何に莫大になろうと、それ自身は、国家財政学上の議論は別として、直接国民にとっては少しもマイナスではない。問題は勿論、国防費の過大が国民生活の安定に決定的な影響を与える危険がありはしないかという処にあるのである。そしてこの影響は今回の大衆増税案となって、誰の目から見ても疑うべからざる姿を取って、現われて来たのだ。流石人のよい国民達も、初めて国防費の過大ということが国民にとって何を意味するかに気がついて来た。そこでこの問題を政党はどう取り扱おうとするか。
之までと雖も何かの増税あるごとに、夫が政党によって政府攻撃の材料に供されて来た。併し今回は咄しが少し異っている。一つにはこの増税は見紛う方なき大衆課税である。而も二つにはそれを必要とするに到った殆ど唯一の直接原因は国防費拡大の意志である。国防費の拡大そのものはとに角として、それを絶対的に要求しようとする意志自身に対して、国民は多分の危惧の念を懐いている処だ。それが更に国民大衆の直接の負担を要求する原因となっている。こうなると、増税案は国民大衆の直接の実感に触れる処のものだ。
で今議会に於て増税案の修正、反対、返上、其他の方針が政党によって採用されるとすれば、その背後には、言葉の上だけでなく、全く真実に、国民大衆の輿論というものが控えているということを注目しなければならぬ。政党相互の間には或いは歩調の一致を欠くような点もなくはあるまい。だが之をバックする人民の声は之に号令をかけて足並みを揃える機能を多少とも持っている。政党はこの議会に於て、久しぶりに初めて国民の輿論を背景に持つことが出来る。六十九議会に於ては国民はまだ迷っていたし消極的だった。何等か国防主義的な意志に進歩性を発見す…