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余震の一夜
よしんのいちや
作品ID55325
著者徳田 秋声
文字遣い新字旧仮名
底本 「徳田秋聲全集 第14巻」 八木書店
2000(平成12)年7月18日
初出「改造 第六巻第一号」1924(大正13)年1月1日
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者きりんの手紙
公開 / 更新2020-02-01 / 2020-01-24
長さの目安約 19 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 或夜中に私は寝所について、いくらか眠つたと思ふ頃に、又人騒がせな余震があつたとみえて、家中騒ぎだした。私は夢心地にこの地震を感じたに違ひなかつたが、どのくらゐの強さで初まつたかを、感ずるほど微細な知覚は働いてゐなかつた。私は今度の大地震を経験する前から、時々坐つてゐる尻の下で、大地が動もするとゆら/\と揺いでゐるやうな気のすることが屡であつた。勿論それは私の神経が微弱なために、自身の体の無意識な揺ぎを、さう感じたり、又は病的な中枢神経から来る軽い眩暈のやうな種類のものに過ぎないのだらうと思はれたが、しかし矢張り大地が始終動いてゐるやうな気がしてならないのであつた。或地震学者は臆病になつた市民が、科学の智識がないために、徒らに余震におびえて戸外へ出て寝てゐたのを非文明だと言つて嗤つてゐるが、大地が揺ぎつゞけに揺らいでゐた当時では、粗末な建物のなかなぞに、迚も安住してゐられないのも無理はなかつた。その上悠久な地球の生命について、わづか三千年やそこいらの経験しかもたない我々の智識が、果して何程の権威をもつことができやうか。勿論我々はそれでも結構生きて行かれるには行かれる。生の不安と恐怖が、生活の歓びの裏づけとさへなつてゐるのである。
 私が起きあがつた時には、妻と幼児はまだ床の中にゐた。私はあの大震災の時家にはゐなかつた。多勢の子供たちと一緒に家を守つてゐた彼女は、十四日目にのこ/\帰つて来た私に、余り好い感じをもたなかつた。一生の大難とも言ふべき運命の苦痛を偕にしなかつたことが彼女の飽足りなさであつた。彼女の弟達が、悲痛な気持で遠くから救ひに来てくれたり、友人や近隣の人達が、女子供のうへに何彼と気を配つてくれるにつけて、生死の巷をさまよはせられたあの大動乱の真中に、中心となるべき主人のゐなかつた寂しさが、どのくらゐヒステリー質の彼女の心持を苛立たせたか知れなかつた。
「そのために私は却つて働けたのかも知れませんけれど。」彼女はさう言つてゐたけれど、子供達と一緒に帰りの遅いのにじれ/\してゐたことは私にもよく判つた。事によるともつと酷い余震を経験させたいくらゐに思つてゐるかも知れなかつた。
 とにかく私は幼児の春子を抱いて、縁へ飛出した。妻はさう驚きはしなかつた。と言ふよりも敏捷に働くには、彼女の体は余りに疲れてゐた。私は板戸を繰開けた縁側の口へ集まつて来た子供を順々に降りさせてから、下駄を捜して庭へおりて行つた。そしてこぶしの大樹と柘榴の老木の間のところへ皆なを集めた。
「大きいね。」長男と二男が、棟が別になつてゐる裏の家から、隣りの三階建の下宿の建物の下をくゞつて出て来た。その同じ棟のなかに仕切をして住つてゐる二組の罹災者のT氏夫婦やS氏夫妻も、三尺ばかり切り開いてある別の出入口から遣つて来た。
「まだ安心はできませんな。」T氏が笑ひながら言つた。
「この頃…

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