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名曲決定盤
めいきょくけっていばん
作品ID55342
著者野村 あらえびす / 野村 長一 / 野村 胡堂
文字遣い新字新仮名
底本 「名曲決定盤(下)」 中公文庫、中央公論新社
1981(昭和56)年10月10日
「名曲決定盤(上)」 中公文庫、中央公論新社
1981(昭和56)年9月10日
入力者kompass
校正者みきた
公開 / 更新2022-04-14 / 2022-05-16
長さの目安約 702 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

巻頭言
 この書の成るまで




 音楽を愛するが故に、私はレコードを集めた。それは、見栄でも道楽でも、思惑でも競争でもなかった。未知の音楽を一つ一つ聴くことが、私に取っては、新しい世界の一つ一つの発見であった。
 その頃、日本においては、ワーグナーもベートーヴェンも聴く方法はなかった。劇詩としての『白鳥の騎士』を読み、文献によって『第九シンフォニー』の壮麗さは知っても、それを音楽として聴くことの出来なかった時代に、我らは少青年時代を送ったのである。
 今から二十幾年前、パデレフスキーやイザイエの名演奏が、レコードとして渡来した時、どんな感激を以てそれに接したか、それは大方の想像に任せよう。続いて入って来た、怪しげなる『未完成シンフォニー』『第五シンフォニー』は、当時の我らに取っては、相対性原理の発見よりも重大な問題であった。
 私をレコード道の底無し沼に引き込んでしまったのは、パデレフスキーの弾いたショパンの『ワルツ』や、イザイエの弾いたメンデルスゾーンの『コンチェルト』や、その後ビクターに入って来た、黒盤の『第五シンフォニー』であったかも知れない。僅かばかりの蒐集を、朝聴いて晩聴いて、また寝しなに聴くほど熱中したが、貧乏で臆病な私は、たった一枚のレコードを求めるために、しばしば幾日も幾日も考えなければならなかった。富裕な知人の某氏は、私がレコードを提げているのを見ると「またかい、それだから君は貧乏するんだよ」――そんなことを言って冷たい笑いを浴びせたりした。
 だが、その頃、レコード以外では、メンデルスゾーンの『コンチェルト』も、ベートーヴェンの『第五シンフォニー』も聴く工夫はなかった。やがて、ゲルハルトの歌ったドイツのリードや、フロンザリーの弦楽四重奏曲に食いつく頃、私のレコード熱は全く膏肓に入っていた。

 関東大震災の翌年、ベートーヴェンの『第九シンフォニー』が初めてレコードされたと聴いた時、私は喜びの余り、「ベートーヴェンの九つのシンフォニーはいかにレコードされているか」という意味の文章を二日にわたって『報知新聞』に連載した。それが、レコード関係の原稿に、私の別号あらえびすを署名した最初である。
 その後、英国のレコード雑誌『サウンド・ウェーヴ』や『グラモフォン』や、仏蘭西の『音楽と楽器』誌や、米国の『フォノグラフ月評』誌などを参考にして、『報知新聞』にレコード紹介の「ユモレスク」なる記事を掲げ、毎週一回ずつ書いて、十六年後の今日に及んでいる。
 私のレコード紹介は、お点が甘いという評判もあった。お世辞が良いとも言われた。が、しかし、ベートーヴェンやワーグナーさえ、滅多に実演を聴くことの出来なかった当時の日本で、レコード以上の実演に接することの出来なかった私たちが、外国の一流演奏家のレコードを驚歎し、讃美し、崇拝したのも無理のないことである。音…

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